第32話 オオトカゲ走法


手術から一ヶ月ほど過ぎた頃、おりから出された。


白い人が、ゴルフクラブを持ってぶらぶらと荒野に出てきた。

球をセットして、構えた。

そして、


「パンダ、いくぞ」


と、オレ様に言ったのだ。

いくぞって?

白い人が打った。

白球はぐんぐん伸びていく。


「さあ、ボールを取って来てくれ」


え。

ムリムリ。

ハナと顔を見合わせて、苦笑していると、


「大丈夫だよパンダ。もう走れるはずだ」


と白い人が言うので、恐る恐る歩いてみた。

腰と後ろ脚の骨折は治ったのだが、神経のダメージが残ったようだ。

下半身がいうことをきかない。


「パンダ、上半身で全身を引っ張るんだ」


ええ、どういうこと?


「よしっ、パンダ、今日からしばらくリハビリ生活だ」



球拾いというリハビリは、それから一ヶ月続いた。

オレ様の回復は驚異的だった。

白い人が打つ。

オレ様は球を追って走る。

その走りといったら!

まるで、動物園の大トカゲの走りだ。

上半身を左右に大きくひねりながら、下半身を強引に引っ張って走り進む。

ギュッギュッという力強い筋肉音が鳴り響くオレ様の大トカゲ走法。

上半身の筋肉は、見違えるようにたくましくなった。

その上半身の生み出すスピードは、以前の五体満足な頃とひけを取らないほどだ。

しなやかに大地を蹴り進む、とはいえないものの、オレ様なりに絶好調の走りだ。

最初の頃はハナも並んで一緒に走っていたのだが、今はもうオレ様に追いつけない。


「走るのが、とても嬉しそう」

「ああ。前には感じなかった走る手応えってものを感じるんだ」

「そうね、以前は可愛いパンダ走りだったけど、今は圧倒的な力強さと迫力があるわ」


白い人は、クラブに寄りかかり、のんびりと空を見上げて待っている。

風がのどかだ。

小鳥がさえずりながら飛んでいる。

雲も、地を這う虫たちもおだやかだ。

しばらくたって、オレ様がはるか彼方から走って戻り、白い人の前に球を置く。

白い人は、愉快に笑い、再び構えに入る。

オレ様も走る構えに入る。

カン!

ギュッギュッギュッ!



一台のトラックが動物舎の前で止まった。

白い人はゴルフを中断した。

トラックの荷台からおりが数個降ろされた。

おりの中を見て驚いた。


ひどく消耗した老師。

ウサギのラッタや、タヌキの親子ポンとポコや、リスのドン。

他にも森の住人たちが。

みんな、ぐったりしていた。


記憶の森消滅のタイマーが作動していたのをうっかり忘れていた。


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