第31話 白い人


目が覚めたら、目の前に白い人がいて、注射をされた。

そしてまた、意識が遠くなった。




白い人が、オレ様の顔を覗き込んでいる。


「そうか、これがパンダなのか。白と黒のバランスが素晴らしい。でも小さすぎる。赤ん坊なのかな」


いやいや、立派な大人のオスですって。

また注射。

そしてまた意識が……




誰かの声がする。


「先生、どうですかその白黒」


白い人が答える。


「うん、下半身の骨が大変なことになっていたんですがね、手術でなんとか。あと、神経もやられてたな」

「先生、あのね、この白黒とか、他の動物もそうなんですが、どうせ実験用なんですから、そんな手術までして助けることはないんじゃ」


ああ、この声、保健所さんだ。

ここに運び込んでくれたのか。


「いやいや、動物実験には元気な肉体が必要なんです。それにね、僕にとってこの子たちは大切な仲間なんだ」


ひどく……眠い……





カン。


乾いた音がする。


目を開けた。

目の前は赤茶色の荒野。

視界いっぱい、遥かな先まで同じ光景だ。

山も緑もない。

白い人が棒を振っている。

カン。


白い人……ああ、そうか白衣だったのか。

三十歳前後の若い男性だ。

棒は……ゴルフクラブだ。

白い球が荒野に飛んでいく。

グーンと飛んでいく。

この時代にゴルフなんて、ハイカラだな、とぼんやり考えた。

赤い大地に白い点が散らばっている。

五十個ほど打っただろうか。

白い人は、網袋をぶら下げて、のんびりと荒野の彼方へ歩いていった。

遥か先にまで飛んでいった球を回収しに行ったのだ。

奇妙な場所で、奇妙なことをする人だ。


おや?

オレ様のお腹のあたりでハナが寝ている。

ほっぺに涙の跡が残っている。

心配かけたね。



「よかったぁ、元気になって」

「まあね。オレ様は不死身さ。ダイハードだぜ。しぶといぜ」


ハナは嬉しそうに笑った。


「あのね、ここは帝国大学の医学部の研究施設なんですって。実験用の動物を飼育しているの。白い人は助手と呼ばれる身分で、ここに寝泊まりしながら一人でこの施設をまかせられているの。白黒の珍しい動物が山で怪我をしていると保健所から連絡が入って、あなたはここへ運ばれて、あの白い人が大手術をしてくれたの。あざやかな手さばきだったわ。粉々に砕けた腰の骨を、大小のボルトや鉄で接合したりして……夜明け近く、六時間の大手術は終了。大成功よ。手術が終わると白い人はゴルフクラブを手に外に出てきて地平線をぼんやり眺めてたわ、そしておもむろにボールを一個置くと、パンと打って、さっさと事務棟に戻って、ベッドに潜り込んでしまった。ありがとう、白い人。ホントにホントにありがとう、ってあたし白い人の枕元で手を合わせたの」


一気に報告し終えて、ハナは涙ぐんだ。

オレ様は、赤い荒野に視線を移し、遥か彼方を目を細めて眺めた。

涙がこぼれそうだったんだ。


背後から犬やらなんやら、いろんな動物の鳴き声が聞こえる。

その平べったい建物は動物舎だそうだ。

隣は煙突のある小屋で、死体を燃やす焼却設備のある建物。

そして、オレ様の向かいにある離れのような小屋は事務棟兼診察室兼白い人の住居だった。

中には手術や研究の設備と、簡単な事務机、そして簡易ベッドが置かれているらしい。



聞きたいことは山ほどあった。

らんのこと、老師や森の住人たちのこと、徳さんのこと。

でも、今は、命が救われたことを素直に喜ぶことにした。


白い人、ありがとう。


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