第30話 ワナ
オレ様とハナは逃げた。
「逃がすな!」
「撃て!」
次々に発砲が始まった。
男たちは、発砲しながら斜面を駆け上がって来た。
オレ様は、立ち止まった。
ちょっと考えた。
そして、人間たちに向かって斜面を駆け下りた。
「中村玄!」
背後でハナが叫んでいる。
「ダメ! そっちへ行ったら殺される! 逃げよう、早く!」
でも、オレ様はまっすぐ人間たちに向かった。
猛然と走って行った。
リーダーが、にやりと笑って銃を構えた。
「あの白黒の犬コロ、向かってくるぜ、保健所、こりゃ撃つしかねぇな」
オレ様は走りながらブツブツ。
「オレ様は犬コロじゃない。パンダだよ。それもただのパンダじゃない。タンタンでもない。記憶パンダ中村玄だ。ハナ、キミのいうとおり、オレ様は逃げない!」
全員、オレ様に照準を合わせた。
「いいか、充分に引き付けてから一斉に撃つぞ」
銃口を向ける男たちの目は嬉々としている。
「さぁこい白黒め」
オレ様は男たちに向かってジグザグに走った。
芸術的なほど不規則なジグザグ走り。
銃口が、右へ左へリズミカルにジグザグに動いている。
「あっちだ!」
「こっちだ」
突然、オレ様は草むらから跳び出た。
その方向にすべての銃口が動いてピタリと照準が合い、一斉に引き金に指がかかった。
「今だ、撃て!」
「撃つなぁああっ!!」
リーダーが真っ青な顔で叫んだ。
オレ様がリーダーの肩にちょこんとおすわりしていた。
全員の銃口がリーダーに向いていて発射寸前だった。
ぎりぎりの状況で、全員の銃口がぷるぷる震えている。
「あっぶねぇ…」
みんなびっしょり冷や汗をかいていた。
「撃つとこだった」
リーダーが銃を捨てて叫んだ。
「だめだ、みんな銃捨てろ! 危なくってしょうがねぇ!」
全員、銃を捨てた。
オレ様もリーダーの肩から飛び降りた。
「さあ来い白黒。男らしく素手で勝負だ」
オレ様は油断した。
人間を信じすぎていた。
気を抜いたその瞬間、何枚もの網が飛んで、オレ様は捕われてしまった。
あとはもう……。
蹴り上げられ。銃床でドスドス突かれ。
頭といわず、腹といわず、ところかまわず痛めつけられた。
ハナは、草の陰で涙を流しながら、恐怖に震えていた。
人間たちが去った後に、ぼろぞうきんのようにオレ様は捨てられた。
顔が、パンパンに腫れ上がっているのがわかる。
だって、熱いんだ、顔が、焼けるように熱い。
目はほとんどふさがってぼんやりとしか見えないし、舌はだらんと力なく口から垂れていた。
ぼんやりとだが、意識はある。
横にハナがいて、ずっと泣きながらオレ様の顔をなめている。
「あ、老師」
というハナの声で、老師たち森の住人が遠巻きに取り囲んでいるらしいのがわかった。
老師が重い口を開いた。
「警告したはずだ。出て行かなかったお前が悪い」
オレ様はもぞもぞと動いた。
「オレ様の白黒の毛を、ニワトリ小屋にばら撒いたんだな」
ハナが、「え」とオレ様を見、そして恐る恐る老師を見た。
森のみんなは目を伏せていた。
老師は渋く黙っている。
「ハナ、これはワナだ。老師たちがオレ様をワナにかけたんだ」
「え」
ハナは、オレ様と老師を交互に見ている。
「どういうこと?」
こいつの鈍感さにオレ様はキレた。
「だからさ、なんども言ってんじゃん。オレ様を追い出したいもんだから、ワナにかけて排除しようってことさ」
ハナは涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃ。
「そ、そんな、ひどすぎる」
オレ様は老師に言った。
「老師、オレ様は何度警告されても出ていかないぞ。らんを助けるまで出ていかない。いいか。らんを助けるってのはな……」
老師に向かって立ち上がろうとした。
うまくいかない。
というか、下半身がまったくいうことをきかない。
前脚を突っ張って立ち上がろうと踏ん張るが、背中がどんどん反り返るばかりで、下半身が持ち上がらない。
ハナがおおいかぶさるようにオレ様を介抱する。
「中村玄、じっとしてて、お願い」
「老師……いいか、オレ様がらんを助けることの意味はな……」
気が遠くなった。
目の前が真っ暗になった。
オレ様がらんを助けるってことは、この森のみんなを助けることと同じなんだと言おうとしたが……
強烈なめまいが襲ってきた。
くそっ……
死ぬにはまだ早いってのに。
意識が切れる寸前、老師たちが背を向けて去っていくのが見えた。
そして、ハナの絶叫が遠くなって……
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