第23話 新しい仕事


せみしぐれを浴びながら、オレ様とハナは木陰で脱力している。

暑い。


らんの仕事に畑仕事が増えた。


この旅館では、野菜は自前の畑で採れたものをお客さんに出している。

らんが寝起きしている離れの前に広がっているのが、その畑だ。


畑は源じいが手入れしているので、らんは助手だ。

源じいはいろんなことを教えてくれた。

とくに、らんが楽しかったのは、土についての心がまえだ。


「いいか、毎朝、起きたら、土の調子を見るんだ」

「どうやって?」

「一口食べてみりゃわかる」

「土を食べるの?!」

「ああ。土の調子がいいときは、そりゃいい味がする。とろりと甘くてな。だが、具合の悪いときは、苦かったり、固かったり、ひどいもんだ。どうだできるか?」

「うん」

「ほぉ、土を食べられるのか」


源じいは、かなり大げさに〈食べる〉という表現を使ったのだが、実際はせいぜい〈なめる〉程度なのだ。

ところがらんは、本当にむしゃむしゃ食べてしまった。


「源じい、今日の土はうまい!」


これには源じいもあわててしまった。


旅館の便所は汲取り式だ。つまり、ボットン便所。

毎日、何カ所もある汲取り口から長いヒシャクを使って肥え(つまり、うんこ)を桶に移し、それを天秤棒でかつぎ、畑まで運んで、土にまく。

これがとてもよい肥料になる。


この仕事は、においが問題だ。

大問題だ。

源じいは長年の習慣で、手ぬぐいをマスク代わりに口と鼻を覆って仕事をする。

でもらんは平気。

ヒシャクを器用に使い、調子良くどんどん汲み取る。

桶を天秤棒につり下げたら、一気にかついで、オレ様とハナを先導に畑へ。

水汲みで天秤棒運びに慣れてはいたものの、やはり重いことにかわりはない。

でも、重いからといってゆっくり動くとよけい重くなる。

勢いが肝心だ。

そこでらんは、よいしょと声をあげて一気に運ぶのだ。

その結果、ピッチャンピッチャンと、中身がそこら中に跳ねとんで、自分の服にもかかり、オレ様にもかかり、ハナなんかチョロチョロしていたものだから、頭から浴びてしまった。


一日中畑仕事をしているので、らんの全身は土まみれ、肥え(つまり、うんこ)まみれになってしまう。

旅館の人たちからは、やれ臭いの汚いのと言われ放題。

だから、清潔でなければできない洗濯や水汲みはしなくてよいことになった。

結局、らんは畑仕事だけやっていれば良いことになった。


源じいが畑を耕していた手を休めて、


「らんや、ひとやすみしよう」


と言うのに、


「うん。もう少し。じいはやすんでいて」


と、一心に鍬を土に振り下ろしている。

いつか源じいは、いい助手ができたものだと旅館の人たちから言われて、顔を崩して喜んでいた。


(この子には、なんとか幸せになってほしいものだ)


らんが働く姿を眺めながらそんなことを考えているのだろうか、源じいの目が細くなっている。

その目じりにうっすらと涙が浮かんだのは、ひょっとすると幼い頃からこの旅館で働いていたらんの母親のことが頭をよぎったのかもしれない。


らんが汗を拭きながら源じいに笑いかけた。

ちょっと一息入れて、里の風景に目をやった。


遠くまで夕がすみが広がり、里も森も色がにじんで見える。

村人が畑の中の一本道をたどって家路を急ぎ、お寺の鐘がぼんやりと聞こえ、かえるが盛んに鳴きはじめた。


おかあさんもこの景色を見て、この空気を呼吸していたんだ。

らんも一緒だよ。


匂いたつ夏を呼吸しながら、らんはしあわせを感じている。


しかし、不吉はじわじわと接近していた。

そのことにオレ様は気づいていなかった。

いや、正確に言おう。

何かがやってくる、とは感じていたけれど、

その正体まではわからなかった。

そして、それがもたらす悲劇的な結果までは、想像の外だったのだ。


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