第20話 オソレヤマ


〈種まきうさぎ〉のあたりを越えると、風景は一変した。


眼下に、巨大なすり鉢の底のような地形が広がっていた。

視界はすべて、赤と黄色のざらざらごつごつの岩ばかりの世界。

その岩のすきまから、地底からわき上がってくると思われる煙が数本立ち上っている。


「ここは、オソレヤマ」


そう言って、徳さんは水筒の水を飲んだ。

ハナが鼻をピクピク震わせた。


「中村玄。徳さんは亡くなる直前に、オソレヤマに行きたいって言ってたわよね。オソレヤマで待つって。ここが、そのオソレヤマ?」

「そのようだ。徳おじいさんが、どこかの岩陰から見つめているのかも」

「やめてよ」


ハナがクシュンとくしゃみをし、らんが鼻に手を持って行った。


「イオウのにおいだよ。ここは、大昔、火山の噴火口だったんだ」


徳さんは、そう言って坂を降りはじめた。


「さあ、もうすぐだよ」


オソレヤマに来て、オレ様はなかなかシッポを振れない。

ここは強烈だ。

強い残留記憶が満ちた場所だ。

下手にシッポを振ったら、どんな記憶界に飛びこんでしまうのか、ちょっと怖くなる。


この場でオレ様が受け取ったのは、哀しい記憶だ。

お地蔵の横に、岩の陰に、そしてあちこちに突き刺してある風車のひとつひとつに、哀しい記憶の固まりがそっと寄り添っていた。


オレ様たちは、イオウの丘を歩いたり、お地蔵に手を合わせたり、石を積んだりして、しばらく無言で心を落ち着け、この場所にタマシイのレベルを合わせた。


徳さんが言う。


「お地蔵さんの地は大地。蔵はいのちをうみはぐくむおかあさんのおなか。人のいろんな哀しみを、自分の哀しみとして受けとめてくれるのがお地蔵さんなんだって。地蔵と共におわすゆえに極楽なり、って源じいが言ってた。だからここは極楽なんだよ」

「極楽?」


らんは、荒涼とした風景がどこまでも続く極楽を眺め回している。


「ちっちゃなお地蔵さん、色とりどりの風車」


らんは、ふーんとつぶやいた。


「こどもなのね」


徳さんは、らんの横顔を静かに見つめている。


「わかるかい?」


らんは、確認するように、ゆっくりとこの場の空気を呼吸して、


「うん。わかるよ」


と、言った。

徳さんは、うなずく。


「そうなんだ。ここは、こどものタマシイが集まる場所なんだよ。親よりも先にこの世を去ったこどもたちが、石を積みながら、歌うんだ」


イオウの大地を風が渡ってきた。

びょうびょうびょうびょう。

オレ様は背筋をブルルと震わせた。

こころが震えた。

すると……突然、オレ様は歌い始めた。



 ……ひとつ積んでは かあさんに

 わたしは どこからきたのです

 ふたつ積んでは とうさんに

 いずこへ わたしはゆくのです……



ハナがびっくり。

とうのオレ様もびっくり。


「中村玄、その歌、なに? ていうか、あなた、歌なんか歌うんだ」


オレ様は、あいまいにうなずく。

こんな歌、知らないよ……


風の音が聞こえてきて、その風にこどもたちの歌声が乗ってきて……

気がついたら、こどもたちと一緒に歌っていた……

こどもたちと一緒に……

ん? 


……ひょっとして……ひょっとしたら……

……そう、たぶん……


タマシイのレベルが合ってしまったんだろう。

こどもと。


オレ様は、誰のタマシイと出会ったんだろう。


徳さんが、らんを手招きしている。


「おいで。この奥に見せたいものがあるんだ」


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