第19話 ピクニック


今日は日曜日。

らんは、初めて休みをもらった。


徳さんに誘われたので、おむすびを握って森へ遊びに行くことにした。


風がながれ、新緑がそよぎ、青い空に白い雲が泳いでいる。

先頭を歩くのは徳さん。

右肩にオレ様、左肩にハナを乗っけて、らんは胸をはって大きく手を振って歩く。


森を抜けて、ほたる湖のまわりをぐるりと歩いた。


「土のにおいが香ばしい!」


らんが深呼吸。

長い冬があけて、雪がとけ、土が思いきり呼吸しはじめていた。

土が目をさますと森はいっせいに活動を始める。


色とりどりの輝きが湖畔を彩り始める。

花の季節だ。

白、薄い赤、青、コバルトブルー、黄色。

小さくてかわいくて元気のよい野の花たちが、湖畔とそのまわりの森にあふれて、わいわいがやがやひしめいている。


らんは歩きながら、


「出席をとりまーす!」


と言って、野花のひとつひとつに呼びかけた。

春の朝礼だ。


 ナデシコさん

 シャクヤクさん

 キンポウゲ

 シロカネソウ

 イチリンソウ

 ニリンソウ

 ヤマブキさん

 シロツメクサさん

 レンゲソウ

 サクラソウ

 タンポポさん


(さん)がついたりつかなかったりするのは、ただの気まぐれか語呂合わせ。

らんが名前を知らない野花は徳さんが知っていて、ふたりとも知らない野花があると、〈おはな〉にした。

そのうち、タンポポもなにもかも〈おはな〉になって、みんなで〈おはな〉の大合唱になった。


 おはな おはな おはな おはな

 たくさんのおはな

 たくさんのおはな

 たくさんのおはな

 かわいいおはな

 たくさんのおはな

 たくさんのおはな

 ちいさなおはな

 たくさんのおはな


ほたる湖に流れ込む小さな川がきらきらと輝き、水の一粒一粒が元気に跳ねている。

前を歩く徳さんが振り返ってらんに笑いかけた。

らんのこころが弾んだのがよくわかる。

ほっぺをプウと膨らませたから。



山道を登り始めた。

オレ様はなんども湖を振り返って、おばあさんがこの湖に消えた時の映像を頭の中で何度もリピート再生した。

あの出来事が老師をはじめとする森の住人たちの不安や怒りを招いた。

彼らは、オレ様たちの出現を不吉の兆候とみたのだ。

オレ様も同感だ。

あれが不吉じゃなくてなんだろう。


どんどんどこまでものぼり道。

と、ハナが歌っている。

らんも徳さんも、顔が生き生きと弾けている。

みんな幸せそうだ。


どんよりと眉間にしわを寄せているのはオレ様だけだ。


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