第15話 らんは働きもの


らんは、小さな体でとてもよく働く。

一日中働き通しだ。


早朝、日が昇る前から一日の最初の仕事が始まる。

みんなが起きてくる前に、長い廊下を一人でぞうきんがけをする。

ぞうきんを桶の水で洗い、固くしぼる。

冬の井戸水は痛いほど冷たくて、らんの手はたちまち真っ赤になってしまう。

ぞうきんを広げて廊下の板の上に置き、四つん這いになって両手で押さえる。

お尻を高く上げ、ヨーイドン。

タッタッタッタッタッタッタッタッ。

オレ様とハナも、その後を追う。ッッッッッッッッッッッッッッッッ。

長い廊下の端まで行って、今度は戻ってくる。

タッタッタッタッタッタッタッタッ。ッッッッッッッッッッッッッッッッ。

立ち上がって確認。行きと帰り、二本の道がピカピカ光っている。


「きれいになると、うれしいね」


らんはそう言って、ぞうきんを洗おうと桶に手を入れる。


「……温かい!?」


お風呂へ通じる廊下の方を振り返った。

角を曲がってそっと立ち去る徳さんの背中が見えた。

手には、まだ湯気の残る風呂桶を持っていた。

らんは、とてもあたたかな微笑みを見せた。



空が真っ青。

雪の原は白一色の世界。

らんは洗濯物を詰めた袋を背負って来て、洗い場にドンと置いた。

すぐに走って旅館に戻る。

しばらくすると、また同じような袋を背負ってやってくる。

こうして、旅館中の洗濯物をすべて洗い場に集めてきた。

らんは一人でこれだけの洗濯物を洗うのだ。

洗濯板の上に浴衣や手ぬぐいをごしごしこすりつけ、冬の冷たい井戸水で洗い流す。

ごしごしごし、ごしごしごし。

手を止めると、しーんと静かな世界。

じゃぶじゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶじゃぶ。

また、手を止めて耳をすましてみた。

しいいいいん、と雪の原が鳴っている。

らんは目を閉じて、もっと耳をすます。

きいいいいいいいいいいいいいん。

目の前は雪におおわれた畑。

白いうねりの波が押し寄せている。

うねうねうねうね。

らんは、目の前の世界に目を見はった。

野原にも、遠くの山にも、森の中にも、キラキラ光るものがふわふわと舞っている。

妖精のキラキラ!

らんは、その不思議な世界に見とれている。

きらきらきらきら。

そのうねの頂きに、赤い点がふたつ。

よく見ると、ウサギだ。

ラッタだ。

赤い点はラッタの目だ。


「真っ白! 透明ウサギ! 雪ウサギ!」


らんは大喜びだ。

ラッタはうねを越え、すがたを消し、ふたたびうねの頂きに現れ、今度はきょろきょろ見回し、ピョンピョン飛び跳ねている。

そのたびに、白い雪煙が舞い上がる。

「ラッター!」らんが呼んだ。

ラッタはピクッと全身を硬直させた。

そして、こちらを向いてオレ様たちに気づいた。

その途端、ラッタの目が細くなった。

赤い点が、つり上がった線になった。

怒っている。

オレ様はそう感じた。


「ラッタ、こっちにおいで、一緒に遊ぼうよ」


らんが声をかけたが、ラッタはくるりと背を向けてぴょんぴょん走り去った。

時々こちらを振り返って、つり上がった赤い線で睨む。


オレ様は周囲を見回した。

すでに、ラッタは森の中に駆け込んでしまって雪原に生き物の姿はどこにも見えなかったが、オレ様は感じる。

森の中。

木々の陰からオレ様たちをうかがっている気配。

その気配は、怒り。

なぜだ。



洗濯の次は、水汲みだ。

井戸水を桶にくんで、それをふたつ、天秤棒の両端につり下げ、肩に担いで運ぶ。

その水は、母屋と旅館の厨房で使うので、かなり大量に必要だ。

何度も何度も往復する重労働だ。

重い天秤棒をかつぐとよろっとするのだが、前をオレ様とハナが歩いて、シッポをプルプルと左右に振って拍子を取ってあげるので、「楽しい!」と声に出して喜んでくれる。

学校から帰った徳さんも手伝ってくれる。

その時は、声には出さなくてもらんの表情を見ればわかる。

(嬉しい)と目元が語っている。

おかみさんは、徳さんが手伝っているのを見ると顔をしかめる。

二度目までは何とも言わないのだが、三度目に見つかると、


「徳さん、宿題は!」


と、鋭い声が飛んでくる。


「今日は宿題ない!」


と、徳さんが答えても、


「じゃ、復習と予習、おやりなさい! すぐにです!」


というお叱りがビシッと飛んでくる。

だから、おかみさんの顔を二度みたら、徳さんはなごり惜しそうに自分の部屋へ戻っていく。


徳さんはとても利発な子で、村始まって以来の神童という評判だ。

だからおかみさんからはとても期待されているらしい。


こうして、朝五時から夜八時過ぎまで働き通し。

いつも、気がつくとらんは歌を口ずさんでいる。

どの歌も、病院でおかあさんが歌っていた歌だ。

らんが歌う歌は、全部おかあさんの歌なのだ。

おかあさんが働いていた旅館で、おかあさんの歌を歌いながら働いているらん。


「こうしていると、おかあさんと一緒に働いているようで、だから、ちっともつらくはないのよ」


と明るく言う。


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