第12話 おばあさんが消えた


はるか前方を行くおばあさんは、森を抜けた。

森の向こうは広い雪原だ。


「まずい」


と、老師が緊張し、大声で前方に叫んだ。


「ほたる湖だ! みんな、急げ! 今年は氷が薄いぞ! おばあさんが危ない!」


雪原と見えたのは、氷の張った湖だった。

老師の声はみんなに届いたようだ。

にわかに全員のピッチが上がった。

タヌキの親子ポンポコも、ウサギのラッタも、リスのドンも、みんな必死で雪をこぎ、前へ前へと進む。

らんは泣き出しそうだ。

唇をかみしめて走っている。

小太郎は悲鳴を上げて向かい風に抵抗している。

全力で羽ばたいているのに、前に進めない。


先頭を行くのはオレ様だ。

雪に埋もれながら、水泳のバタフライのように追うが、相変わらずおばあさんとの距離は縮まらない。


おばあさんは、ほたる湖の氷上をスケート選手のように軽やかに進んでいる。

両手を後ろに回してスーイスーイと滑走していたそのとき、おばあさんが何かにつまずいて前のめりに転んだ。

手から巾着袋が離れ、氷の上をツーッと滑っていった。

おばあさんもそのまま滑ってゆき、手を伸ばして巾着袋をつかもうとしたそのとき!


ミシミシミシミシ。

大音響が、まわりを囲む山々に響き渡った。


「ああ……」


オレ様は絶望的な声を上げた。

ミシミシミシミシ、バリバリバリバリバリバリ。

湖の氷にひびが入り、その裂け目が、どんどんどんどん、成長するように広がっていく。

おばあさんの手が巾着袋に届き、袋をつかんで、ゆっくり立ち上がった。

足元にはすでに、氷の割れ目が大きく口を開けている。

すると、なんということか!

おばあさんは、踏み台から一歩降りるような軽い調子で、氷の裂け目から水中に飛び込んでしまった。

ひょいと。


ドッポーーン。

その音は、山に跳ね返ってむなしくこだました。


その瞬間、今までみんなの上にのしかかっていた重しのようなものが、スッと消えた。

急にスピードが上がり、まず氷上に飛び出したのがオレ様だ。

オレ様は、猛スピードで氷の裂け目に向かってダッシュした。

ぐんぐん走る。

ぐんぐんぐんぐん、オレ様は走る。

そして、まったくためらいはなかった。

おばあさんを追って水中にダイブした。


ドポン。

らんとハナの叫びが氷上を渡った。


「なかむらげーーーんっ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る