第11話 なんかヘンだ


────森は雪の中。


堂々と生きてきた杉の古木の中程に、肩や頭に雪を積もらせた一匹の年老いた猿が、まるで彫刻のようにじっと座っている。


これが、老師だ。


らんは、老師を見上げて泣いている。


「老師。ありがとう。老師は、いつもおかあさんを見守っていてくれたのね」


老師の固く閉じた目からも、涙が川のように流れ落ちている。

やがて、森の動物たちがオレ様のまわりに集まってきた。

リスやウサギやタヌキの親子。

オレ様が、リスの顔に鼻を寄せてにおいを嗅いだ。

くんくんくんくんくん。オレ様があまりにも鼻を近づけるので、リスはこそばゆくて、プルプル震え、とうとうプッと吹き出してしまった。

そのとき、頬袋に貯め込んでいたドングリの実がオレ様の顔に発射された。

みんなはワッとわいた。


「キミの名前は、ドン。ドングリのドン」


オレ様は、リスにそう名付けた。

ウサギがらんのまわりをピョンピョン跳ねている。

するとらんが、ウサギの手をとってダンスを踊りはじめた。


「タラッタ、ラッタ、ラッタ」


オレ様は名付けた。


「ウサギのキミは、ラッタだ」


その軽快な拍子につられたタヌキの親子が、老師の背に隠れて控えめに踊っている。


「あら?」


とらんが気づくと、親子は顔を真っ赤にしてもじもじしている。

照れ屋なのに、つい踊り好きの血が騒いだようだ。

らんが、「ポンポコポンのポン」と手拍子を打つと、タヌキの親子は反射的に跳ね踊る。


「踊り好きのおかあさんはポン。ボクはポコよ」


今度は、らんが名づけた。

らんの表情は晴れやかだ。


「みんなといっしょだから、もう、らんはさみしくなんかないわ」


オレ様はというと、のんびりと森の奥へ歩き出していた。

ハナが、オレ様の向かう先を見て「あ」と小さな声を発した。

らんおばあさんが、森のかなり奥の方へ歩いて行くのが見えたのだ。


なぜかはわからないが、オレ様はらんおばあさんを追わなければと思った。


森のみんなもついて来た。

遥か先を、らんおばあさんはすいすいと歩いていく。

走っているわけでもないのに、オレ様たちとの距離はどんどん広がり、いっこうに縮まらない。

樹々の間をひょいひょいとくぐり抜け、雪に埋まるわけでもなく軽々と進んでいく。

ハナは感心している。


「おばあさんは、あのお年でなんて身軽なんだろう!」

「おかしいとは思わないか」


オレ様は、難しい顔をして雪をこぎ進む。


「……何が?」

「オレ様は、このやわらかいパウダーのような雪に胸まで埋まってしまって進むのにひと苦労だ。でも、おばあさんはすべるように雪の上を進んでいる」


ハナがつぶやく。


「すべるように進んでいる? ホントだ。雪の上をすべるように……」

「ヘンだと思わないか」


小太郎が上空で悲鳴を上げている。

まるでものすごい逆風に向かっているかのように必死に羽ばたいているのだが、まったく前に進めない。

それを見上げてハナも気がついたようだ。


「あ、なんかヘンだ」


風もないのに、追いつけない。

雪という条件は同じなのに、みんな追いつけない。


「やっぱりヘン。あたしたちは、おばあさんに追いつけない」


不吉な予感がする。

オレ様はかん高く叫んだ。


「らぁーーん! おばあさーーん!」


らんも森の仲間たちも、どんどん遠ざかるおばあさんの様子に、不安で不吉な何かを感じ取ったようだ。

全員がただならぬ緊迫感に包まれて必死に雪をこぎ進む。

でも、やはりおばあさんとの距離はまったく縮まらない。

ハナが事の重大さにおびえてオレ様に聞く。


「中村玄! 何が起こっているの!?」

「わからない」

「中村玄。どうしたらいいの!?」

「わからないってば」


冬だというのに、オレ様の肌は気持ちの悪い汗でびっしょりだ。


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