第8話 らんが来て、徳さんがいく


────ハナは涙でぐしゃぐしゃの顔を、オレ様の背中に押し付けている。


「……中村玄、どうしたらいいの……何か……してあげられることはないの?」


オレ様は目を庭に向けている。

その少女は、ひまわりの背後の闇の中から現れ出た。

いや、ひまわりたちに背中を押し出されたのかもしれない。

年の頃は十二、三。


「…あっ」ハナが叫んだ。


らんおばあさんも、薄闇の庭に立つその少女に目を凝らした。

闇の中でろうそくに火が灯るように、ある名前がポッとひらめいた。


「らんちゃん?」


花の名を呼ばれて、少女ははにかむように微笑んだ。


「らんさんだ」


ハナも嬉しそうだ。

でも、らんおばあさんのこころはまた迷子の途中だ。


「ええと……どこのらんちゃんだったかしら……」


こどものらんから微笑が消えた。

ハナも意気消沈した。


「そんなぁ……こども時代の自分にたどり着けないなんて……かなしすぎる……」


突然、徳さんが小さなうめき声をあげた。


「……らん……」

「どうしました、徳さん!」

「オソレヤマに……行く……あの場所で……待つ……オソレヤマで……」


そう言って徳さんは、息をーッと吸ったまま動きが止まってしまった。

庭に漂っていたはかない風のように、静かに、本当にひっそりと徳さんは旅立ってしまった。

らんおばあさんは、腰が抜けたようにペタンと座り込んだ。



「終わってしまった……」



らんおばあさんの目に涙の粒が大きく膨らみ、やがて頬を転がり、膝の上のウチワにタンと音を立てて落ちた。

一滴の涙が発した音は、庭全体、この記憶界全体に響き渡った。



そのまま朝まで、誰も口を開かなかった。

朝の光が庭に差し込んできたとき、オレ様はみんなに言った。


「おかあさんに会いにいこう」


おばあさんとこどものらんは、信じられないという顔でオレ様を見た。

ハナは、何度も大きくうなずいている。


オレ様はゆったりとシッポを振り始めた────


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