善行の覇道

曲 くの字

プロローグ

――労働は努力に対して対価を支払うべきだ。

かつて「努力」という名の労働が、正当に、平等に、「金銭」という報酬の形に、分配されていないことを嘆く者がいた。

ある場所では身分により、ある場所では性別により、ある場所では人種により、不当に給料が削られる。時間を切り売りしている労働者たちは、金で金を作る経営者に追いつくことは出来ず、階級化のピラミッドはより鋭さを増す。

労働は努力の量によって、給料は平等に支払われるべきなのだ。肉体労働ならば、その運動量で、事務職なら処理した書類の数で、企画職ならばアイデアを生むまでに消費した脳の熱量で。人々が世界をより良くするために動いた、その「善行」の度合いによって、報酬は狂いなく支払われるべきだ。

そんな願いを、システムに変えてしまった者がいた。金の延べ棒がただの金属に代わり、国家は紙幣に価値を生み出せず、解体を余儀なくされた。

人の「善行」が金銭となり、誰の手を介すこともなく支払われる。悪行をなせば、誰の手を介すこともなく口座から金が奪われていく。

システムの構造上「善い」ことをすれば金が増え、「悪い」ことをすれば金が減る。

自分の持ち金を減らしてまで人の金を奪い取る行為が圧倒的に非合理であることから、犯罪が減り警察が消えた。

そこに目を付けたのは奇しくも金の亡者たる「企業」だった。いち早くシステムの構造を理解し、「従業員が善行を積みやすい環境を作る」という「善行」を成して大金を掴み、治安維持を買って出ることでそこからも「善行」による収益を得た。

当然のように戦争は意味を失い、武器は衰退し、代わりに文明は発展していく。

「完全なる資本主義の平等」は、一人の科学者の叡智によって成就された。


――なればこそ、人類には考える必要があった。


このシステムを産み出したことは、果たして「善行」なのか――。

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善行の覇道 曲 くの字 @magarikunozi

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