38 闇うごめく巣穴の中へ(前編)

 シャルルと三銃士がリュクサンブール宮殿に駆けつけると、国王救出の作戦会議が行われた。その会議には、アンヌ太后に呼ばれたヴァンサン神父も加わっていた。


 ヴァンサン神父は先王ルイ十三世の信頼を得ていたが、信仰深いアンヌ太后にも尊敬されている。摂政の相談役としてたびたび宮殿に召されており、アンヌ太后はヴァンサン神父の慈善事業の寄付額をいずれ増額する約束もしていた。


 だが、なぜヴァンサン神父がパリの地下坑道に詳しいのか――?


 それは、住む家がない貧民たちや親に捨てられた子どもたちが都市の地下にある闇の巣穴に集まり、餓死する時が来るまでここでひっそりと生活しているからである。

 ヴァンサン神父はずっと以前からこの地下坑道に潜り、彼らに食事を与え、働く場所を探してやり、幼い子たちは保護していた。時には地下内で迷子になり、数週間地上に出られず、自分が飢え死にしそうになったこともあったが、神の助けか奇跡的に助かり、いつの間にかパリの地下坑道の地理に精通するようになっていたのである。


「リュクサンブール宮殿の地下は、多くの地下坑道が複雑に交錯していて、油断をするとすぐに遭難してしまいます。それに、どこも狭い。大人数が固まっていられる空間は限られています」


 ヴァンサン神父が、パリの地図を広げ、リュクサンブール宮殿周辺の地下坑道を羽根ペンで書きこみながら、説明していく。それをアンヌ太后、マザラン、パッソンピエール元帥げんすい、シャルルと三銃士がのぞきこみ、


(複雑すぎて分からない……)


 と困惑していた。


「シュヴルーズ公爵夫人とボーフォール公を守っているベンガンサ隊は、少なくても三十数人はいる。彼らは坑道内に散らばって俺たちが攻めて来るのを警戒しているだろう。しかし、捕えた国王陛下、グランド・マドモワゼル、シャルロットをまとめて閉じこめておく場所は必要なはずだ。数人程度が固まっていられる空間はないのだろうか?」


 シャルルがそう問うと、ヴァンサン神父は迷いなく、「ここですね」と地図を指差した。


「リュクサンブール宮殿の南東の端か! だったら、この広間の隠し地下通路から侵入して、そこにたどり着けばいいんだな! よぉし、出発しようぜ!」


 イザックがそう息巻きながら拳をベキボキと鳴らすと、策士のアンリが「ちょっと待ちなさい、慌てん坊」と止めた。


「シュヴルーズ公爵夫人も、当然、この宮殿の地下通路から攻めて来ると予想しているでしょう。迎撃の準備は万全のはずです。ここは敵の裏をかき、別の地下坑道から攻めこんでやりましょう。ヴァンサン神父、この宮殿の近くに別の地下坑道はありませんか?」


「あります。ヴァル・ド・グラース修道院の真下にある坑道です」


 ヴァンサン神父はそう答えながら、リュクサンブール宮殿の南東の地下坑道と隣接している、ヴァル・ド・グラース修道院周辺の地下坑道網を指し示した。


「しかし、ずいぶんと前に、宮殿と修道院の間の通りで地面が陥没する事故があり、坑道の道は塞がってしまっています」


 建築資材の石灰や石膏を得るためにあまりにも地下を掘り過ぎたせいで、パリでは時折地面が陥没することがある。十数年前の陥没事故により、リュクサンブール宮殿とヴァル・ド・グラース修道院の間の地下坑道の行き来が遮断されてしまっていたのだ。


「ならば、爆破して道を作ればいい」


 アルマンが言葉短かにそう言った。彼は戦いのことになると、乱暴になる傾向が強い。大ざっぱな性格のイザックもこの発言にはさすがに驚き、「そんなことをしたら、俺たちが爆発に巻きこまれるか、坑道内で崩落が起きてしまうぜ」と難色を示した。


「そこが狙い目じゃないか。敵も、まさか塞がった道を爆破して侵入して来るとは思わないだろう。危険を冒してでも、やってみる価値はある。……お前はどう思う、シャルル」


「たしかに乱暴な作戦だが、爆弾の火薬の量を調整したら何とかなるかも知れない」


「火薬の扱いなら、この中では僕が一番得意ですね。坑道で爆発を起こすなんてやったことがないのでちょっと不安ですが……挑戦してみましょう」


 アンリがそう言うと、シャルルとアルマン、イザックは「アンリを信じよう」とうなずき合った。それぞれの長所で仲間を助け合い、失敗しても責めない。それがこの四人である。


「ふむ。ならば、ヴァル・ド・グラース修道院の地下坑道から奇襲をかけることにしよう。だが、相手はあのシュヴルーズ公爵夫人じゃ。こちらの急襲に対し、迅速な対応をしてくるかも知れんぞ。わしがスイス傭兵の老兵たちを率い、リュクサンブール宮殿の地下通路からも攻めこもう。儂の部隊が敵の注意を引きつけている間に、シャルルたちが背後から奴らを襲うのじゃ」


「パッソンピエール元帥。もうお年なのに、無理はしないほうがよろしいのでは?」


 マザランが年寄りの冷や水だと思い、そう言うと、パッソンピエールは「うるさいわい! 黙っとれ、青二才!」とつばを大量に飛ばしながら怒鳴った。


「老いても儂はフランス軍の元帥じゃぞ! スペインの剣士たちごとき、ひとひねりじゃ! それに、儂はかつてスイス連隊長だったから、スイスの老兵たちとの息もバッチリじゃ! 無用な心配をするでない!」


「……わ、分かりました。ですが、念のため、私の配下のフランソワと護衛隊の一部を元帥にお預けいたしましょう」


「ふん! 勝手にせい!」


 こうして作戦内容は決まり、いよいよ地下坑道に潜ることになったのである。

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