11 反逆者の残党
二月の冷たい雨がそぼそぼと降るその夜。
シャルルとアルマンが五人の曲者に襲われたのは、ヴィユー・コロンビエ街にある銃士隊長トレヴィルの屋敷を出てから十数分後のことだった。
「お前たち、気は確かか? こんなところで我ら銃士を襲うなど、自殺行為だぞ。俺たちが大声を上げたら、どうなるかぐらい想像がつくだろう」
シャルルは、襲撃者の一人が
このあたりには、銃士が下宿している宿がたくさんある。いわば、銃士たちの縄張り内だった。シャルルとアルマンが叫べば、あっと言う間に銃士隊の同僚が続々と駆けつけるはずである。こんな場所で銃士に襲いかかる人間など、よほどの命知らずか馬鹿だろう。
「フン! 大声を出して近くの仲間に助けを求めてみろ! 他の銃士どもが駆けつける前に、貴様の心臓を我が剣で貫いてやる!」
敵の剣士はシャルルを
その
「心遣いはありがたいが、貴様ら五人程度、俺とアルマンで十分だ。これで二人目」
「こっちも二人片付いた」
シャルルと背中合わせに戦っていたアルマンが、剣についた血を路上に倒れている死体の服で拭き取りながら、そう言う。アルマンの両眼は、平時には温和な彼からは想像もできないほど
「よ、よくも仲間を……。許さんぞ、シャルル・ダルタニャン!」
最後まで生き残った男が、頭にかぶっていた
雨雲がはれて、差しこんできた月光が男の顔を照らす。シャルルは、
――この男には見覚えがある。
と、思った。
「貴様は……たしかサン=マールを守っていた用心棒の一人ではないか」
「その通りだ! 俺たちは全員、サン=マール侯爵に雇われていた剣士だ! 今は、国家に反逆した罪人として指名手配されているお尋ね者だがな!」
「サン=マール一派の残党め、まだのこのことフランス国内にとどまっていたか」
「当たり前だ。俺たちは、シャルル・ダルタニャン……お前に復讐するためにずっとパリに潜伏していたのだ。お前が、サン=マール侯爵とスペイン王が交わした誓約書の写しを入手してリシュリュー枢機卿に届けたせいで、我ら一派は……!」
「うるさい、黙れ」
サン=マールの用心棒と知って、シャルルの表情が一気に険しくなった。
相手が攻撃の態勢をとろうとする暇など一切与えず、電光石火の早業で敵の胴体のど真ん中をずぶりと突いた。
あまりにも勢いをこめて突いたため、レイピアは体を貫通し、剣の切っ先が小さな宿屋の壁に突き刺さった。そこは、銃士隊で補給係の事務長をつとめるブノワという銃士が下宿している宿屋だった。
「ごふっ……!」
串刺しとなった男は、吐血しながらもシャルルを激しい憎しみをこめて睨む。シャルルも、怒りに満ちた目で男を睨んでいた。
「サン=マールは、スペインに国を売ろうとした裏切り者だ。天罰を受けて当然だ」
「う……裏切り者だと……? フン……お前こそ恩人を裏切った……ではないか。げふっ、ごふっ……。さ、サン=マール侯爵の企てには、銃士隊長トレヴィルも……」
ビュッ!
シャルルは、マン・ゴーシュを横に払った。喉元からドバっと血が噴き出し、男はシャルルを睨んだまま絶命した。
「……こんな男を殺しても、何にもならない。なぜ彼女が死に、俺一人だけが生きているんだ」
そう呟くと、返り血で朱に染まった顔を上げ、シャルルは雲間からのぞく星空を仰ぎながら深々とため息をついた。
アルマンは、シャルルを静かに黙って見つめていたが、建物の中で騒ぎがおさまるのを待っていた市民たちが恐るおそる外に出て来ると、
「そこのお前たち。すまないが、トレヴィル隊長の屋敷に行って銃士たちを数人呼んで来てくれないか。死体をこのまま
と、紳士的な口調でそう頼んだ。
銃士隊はパリ市民に人気がある。アルマンに声をかけられた市民二、三人が「いいですよ、ちょっと待っていてください」と口々に言いながらヴィユー・コロンビエ街の方角に走って行った。
「シャルル。ここはブノワの下宿先の宿だ。本人はまだ勤務中で不在のはずだが、宿の主人に頼んで、中で体を洗わせてもらおう。お前、顔が血で真っ赤だぞ」
アルマンがそう言いながらシャルルの肩をポンと優しく叩くと、ようやく放心状態から戻ったシャルルは「ああ……」と小さく
「……お前、この数日間ずいぶんと気難しそうな顔をしているじゃないか。何かあったのか? ……また、彼女の夢でも見たか?」
「いや、違う。少々、心配事があってな……」
「だったら、俺に言ってくれよ。昔、誓い合ったじゃないか。俺たちは一心同体、永遠の友だと。友の苦しみは、俺の苦しみだ。心配事があれば、俺に打ち明けて欲しい」
アルマンは、真剣な眼差しでシャルルを真っ直ぐに見つめながらそう言った。シャルルは、「うむ……」と頷いたが、どうも歯切れが悪い。
「……しかし、このことを知ったら一番悩むのはアルマンだ。それでもいいのか?」
「構わない。俺がいいと言っているのに
どんな時でも正々堂々としているアルマンは、友の悩みを聞く時でもこんな感じで少々強引なところがある。しかし、そういうアルマンだからこそ、なかなか人に言えないことも打ち明けることができるのである。
「実は……」
シャルルは一言そう言うと、周囲を見回し、アルマンの手を引いて下宿屋の建物から少し離れた場所に移動した。そして、血の臭いがプンプンする顔をアルマンの耳元に近づけ、
「……シュヴルーズ公爵夫人が、亡命先のイングランドから消えたらしい。おそらく、近い内にフランスに戻って来る」
と、告げたのである。それを聞いたアルマンの眉がピクリと動いた。
「……そう、か……。シャルルは俺のことを心配してくれていたのだな。それに、リゼット殿の娘のシャルロットが、シュヴルーズ公爵夫人に利用されないかも心配なのだろう」
シャルルは無言で頷いた。アルマンは「大丈夫だ、俺のことは心配するな。お前はシャルロットを見守っていてやればいい」と言いながら微笑む。そして、数秒の沈黙の後、
「大丈夫……大丈夫だ。今度は、彼女を逃がしたりはしない。俺が、必ず殺す」
ぐっ……と拳を強く握りながら、おのれに言い聞かせるようにそう呟くのであった。
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