3 四人の銃士
月明かりの下、現れた二人の銃士。
一人は肌が浅黒く、
もう一人は、端正な顔立ちに知的な切れ長の目を持った剣士。口を閉ざしていてもどことなく微笑んでいるように見えるその唇からは、この男の温和な人柄が感じられた。
イグナシオの紅く燃える右目がとらえていたのは、前者の鷲鼻の男である。
「なんだ。お前、俺を知っているのか?」
鷲鼻の男――シャルル・ダルタニャンが落ち着き払った声でそう問うと、イグナシオは「俺の顔を見忘れたか! 貴様の剣で俺の左目は……!」と吠え、右手でレイピアを、左手で短剣を抜いた。
「シャルル。こいつ、お前の知り合いか?」
「……ああ、なるほど。思い出したぞ。八年前、国王陛下の密命でスペインに潜入した時、スペインの宰相オリバーレスに雇われた隠密の剣士と戦ったことがあったんだ。こいつは、その時の剣士だ。たしか、イグナシオといったか」
「ようやく思い出したか! 俺は、貴様に敗北して左目を失い、任務にも失敗し、宰相からの信用も失って解雇された。その後、アスマル伯(フランシスコ・デ・メロ)に拾われて隠密部隊の指揮を任されるようになった俺は、我が隊の名を『ベンガンサ』と名づけ、貴様に報復する時が来るのをずっと待っていたのだ」
「ベンガンサ――スペイン語で『復讐』か。フン、趣味の悪い名前だな」
シャルルは吐き捨てるようにそう言いつつ、剣を抜いた。イグナシオの復讐心に満ちた気迫と相対しても、微塵も動揺していない。
ただ、小声で、
「アルマン、気をつけろよ。こいつは相当な手練れだ」
と、相棒の銃士にそう忠告した。静かに
二人とも、イグナシオと同じく、右手にレイピア、左手に短剣を握っている。
決闘用の剣レイピアでの戦闘は、左手にパリーイング・ダガー――フランスではマン・ゴーシュ(左手剣)と呼ばれる――という防御用の短剣を持ち、戦うのが主流であった。
「イバン。俺はあの鷲鼻と一騎打ちをする。もう一人の銃士は、お前に任せた」
イグナシオは二刀を構えながら、ベンガンサの副隊長イバンにそう命令した。しかし、イバンは当惑した表情で「それは駄目だ」と頭を振る。
「イグナシオ隊長。あなたらしくもない、熱くなりすぎだ。冷静になってくれ。奴らが、たった二人で我らに勝負を挑んでくるとは思えない。城館の中にはモットヴィル伯爵を殺した銃士が何人かいるはずだ。すぐにこちらに駆けつけて来るだろう。他にも、どこかに奴らの仲間が隠れている恐れがある。一騎打ちなどせず、全員で襲いかかって一気にかたをつけるべきだ」
「それでは復讐にならない。俺の誇りを傷つけた敵は、俺の手で必ず殺す」
そう言い捨てた直後、イグナシオは地を蹴り、シャルルの心臓めがけてレイピアを突き出した。
シャルルは、その稲妻のごとき一撃を苦もなくマン・ゴーシュの短剣で払いのける。間髪を入れず反撃に移ろうとしたが、イグナシオがすぐに態勢を立て直してレイピアを構えたため、逆に飛び退いた。
(イグナシオの奴、やたらと長い剣を使っているな)
イグナシオのレイピアは、デュアリング・レイピアと呼ばれる剣で、剣長が現代の長さで換算すると百四十センチ以上もある。
シャルルが国王ルイ十三世から授かった自慢のスウェプト・ヒルト・レイピアというイタリア製の剣は、S字に美しく曲がった
(あの長い剣も厄介だが、戦い方も昔とは変わったようだ。八年前に戦った時も、この男は恐ろしく腕の立つ剣士だった。しかし、戦いの駆け引きを知らない猪武者で、奴の動きを読みきった後はたやすく勝てた。……八年の間に、少しは手の内を隠すということを覚えたらしい)
イグナシオは、最初の一撃をシャルルに防がれると、ピタリと攻撃をやめ、獲物に隙ができるのを待つ狩人のごとく一定の間合いを保ちながらシャルルを睨み続けている。
――シャルル・ダルタニャンは、敵に先に攻撃をしかけさせて、相手の剣の癖や弱点を把握した上で猛反撃に移る頭脳派の剣士だ。
そのことを八年前の決闘で熟知しているため、むやみやたらに攻撃をしてこないのだろう。
シャルルとイグナシオが睨み合っている一方、アルマンとイバンの戦闘は一方的な展開になっていた。
アルマンは、普段は物静かで優しいが、いざ決闘となると、人が変わってしまう二面性のある剣士である。防御など二の次、敵の剣が自分の体を切り裂こうが構わず、敵の
「せいっ! はぁ! どうした、どうした! その程度か、お前の剣の腕は!」
「ぐ、ぐぬぬ……」
イバンは、隊長のイグナシオに比べたらわずかに剣の腕は劣るものの十分な実力を持った剣士である。
しかし、相手が悪すぎた。アルマンの一撃必殺の剣から逃げ回るので精一杯で、戦い始めて一分も経たない内に、イバンは左肩、右胸、左の脇腹に傷を負ってしまっていた。
「イバン副隊長!」
アルマンの剣が、とうとうイバンの喉元を突こうとした時、見るに見かねたベンガンサの隊士の一人が白刃を閃かせてアルマンに飛びかかった。アルマンは、突然脇から襲いかかってきた刃を驚異的な瞬発力でかわし、
「剣士が一対一の命のやり取りをしている時に手出しをするな! 卑怯者め!」
激しく憤慨してそう怒鳴ると、イバンを助けた隊士を瞬く間に突き殺した。
「おのれ! よくも部下をやったな!」
激昂したイバンは、アルマンに挑みかかったが、すでに疲弊してしまっているイバンの剣には勢いが欠けていた。あっけなく、アルマンのマン・ゴーシュによって剣は弾かれ、反撃の一突きで今度は右腕を負傷してしまったのである。
「みんな、副隊長を助けるんだ!」
もう一騎打ちなどさせている場合ではない、副隊長が殺されてしまうと焦ったベンガンサの隊士たちは、アルマンを素早く取り囲んだ。そして、一斉に剣を突き出し、体のいたる所に穴を開けてやれとばかりにアルマンに襲いかかろうとした。だが、その直前、
ズダーン! ズダーン!
城館の二階の窓から発砲音がして、二発の銃弾が、ベンガンサ隊士二人の頭を撃ち抜いたのである。イバンと隊士たちが驚いて見上げると、シャルロットが飛び降りた窓からこちらを見下ろしている若者が二人、イバンたちに拳銃の銃口を向けていた。
シャルルやアルマンと同じく、銀十字が刺繍されたカザック
この二人、でこぼこコンビという言葉がぴったりの対照的な見た目をしている。
「シャルル、アルマン。城館の中の奴らは全員降参したぜ」
と、快活な声で言ったドングリ
「モットヴィル伯爵という老人はよほど人望がなかったのでしょうね。家来も召使いも、主人を殺した我々に一切の抵抗もしませんでしたよ」
クスリと笑いながらそう言った、どことなく冷めた雰囲気のあるもう一人の銃士は、女と見紛うほどの美貌の持ち主で、背が低くてすらりとした体型である。
その若い銃士二人は互いに顔を見合わせて頷くと、窓からうわっと躍り出て木に飛び移った。
美貌の銃士は巧みに木の幹をつたって地面に着地。
だが、巨漢の銃士のほうは、飛び移った先の木の枝が銃士の重みに耐えきれずにボキリと折れてしまい、お尻から落下してしまった。
「ぐげっ! いてて……」
「かっこ悪いですよ、イザック」
美貌の銃士が、唇に指を上品に添え、微笑んだ。イザックと呼ばれた銃士はお尻をさすりながら「笑うな、アンリ!」と悔しそうに言い、ぷくりと頬を膨らませた。
「イザック、アンリ。じゃれ合っていないで、そばで倒れている少女を保護するんだ」
イグナシオと睨み合いを続けているシャルルがそう指示すると、仲が悪いようで二人は息がピッタリらしく、イザックとアンリはほぼ同時に「了解」と言った。
「俺がこの子を担ぐから、アンリは護衛を頼む」
イザックは、意識を失って倒れているシャルロットをひょいと拾い上げて左肩に担いだ。
(まずい。主君フランシスコ・デ・メロの養女をフランス国王の銃士に奪われてはならぬ)
そう焦ったイバンは、隊士たちに「奴を殺せ!」と怒鳴った。命令を受け、二人の手練れの隊士が猛然とイザックに襲いかかった。しかし――。
「のろいですよ、君!」
アンリが、ベンガンサ隊士の前に立ち塞がり、疾風のごとき剣さばきであっという間に敵を一人突き伏せた。
もう一人のベンガンサ隊士は、仲間がアンリによって
「邪魔くせえなぁ~」
イザックはのんびりとした口調でそう言いながら攻撃をかわし、無造作に敵の腹を蹴り上げた。
巨人イザックの蹴りをまともに食らえば、鉄の棍棒で殴られたのと同等の衝撃がある。ベンガンサの隊士は、「ぐげっ……」とうめきながら嘔吐し、気絶して倒れてしまった。
「近衛銃士隊……。何という奴らだ。スペインの選りすぐりの剣士たちが集まったベンガンサ隊が、たった四人の銃士に
イバンは銃士たちの異常な強さに衝撃を受けていた。さすがはフランス国王ルイ十三世が信頼して常に自分の護衛を任せているだけのことはある。
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