第31話 はみ出すものと奥深く

「また鏡みてるの」

「いいじゃん。なんでもないよ、おかしい? 」

「べつに、そういう分けじゃないけど」

 弟と二人でアパートにもっていると、ひとりではないぶん、なんとなく気が紛れる。弟は相変わらずテレビばかり観ているが最近、声を掛けてくることが増えたようだ。私を気遣っているようだった。

「じっとみてても、かわるものじゃないし」

「私、おかしくないかな?」

「おかしくないよ。かわってないって」

「かわってないか・・・」

 鏡に映る自分の違和感をはじめて口にした。テレビやネットのなかの私が口を開かせたのだろうか。もはや間違いなく私は外にはみ出している。

 それだけではない。昨日の公園での異様な出来事もある。最早もはや、理解を超えた、というか私の理解を壊す出来事は鏡の中に収まってはいない。


 公園での体験は、はじめてではない気がしていた。あの感覚を知っている気がしてしかたがない。それがいつ頃のことかは分からない。もちろんあれほどあざやかな光の衝突ではなかったが、以前にもあのようなものを見、触れたことがある。そう感じていた。


真琴まこと、薬は飲んだの」

「飲んだよ。やさしい薬まで追加になったから、量が増えて薬だけでお腹がいっぱいになるよ」

「講習はどうだった。どんな感じ」

「よく覚えてないよ。疲れただけ」

 弟は普段よりよく話した。

「私ね、講習で体調が悪くなっちゃったみたい」

「そう? 俺は別に普通。退屈なだけだったな」

「お母さんはどうだったのかな?」

「なんか、母さんも最近、元気がない感じで、ふさいでるみたいだ」

「私の講習、レクリエーションとかあってさ。なんの意味があるのか分からないけど、大変だった」

「意味がない分けないよ。少なくとも辻褄のためのものだからね」

「意味、分かった?」

「分かったよ。分からないのがおかしいんだ」

「私はいくら考えても分からない、理解できないよ」

「分からないのはお前たちの責任だ」

「私たちの責任?」

「なぜ我々を閉じ込め、さらには殺しさえしたんだ。勝手にこんな世界を創り上げたのだ」

「閉じ込めた? 世界を創った?」

 私は咄嗟とっさに弟をみた。弟はすでに自分の部屋に戻っていた。

「そうだ。お前たちのいう辻褄に我々は殺されたんだ。実際死んではいないけどな。隠されたか、誤魔化されたのだ」

 部屋には私しかいない。

「お前たちは自分で混乱を作り出し、それにのたうち回っているだけだろう。混濁が怖いか。理解できないことが、そんなに怖いのか。暗闇がそんなに恐ろしいのか。それから逃げたすえにまたお前たちは混乱している」

 何者かの声が部屋に響く。ここにはもう私しかいない。私の声だ。心が勝手にしゃべっている。心が私をはみ出している。表面的な心ではない。心の奥深くから響くうめき声のように聞こえる。

「我々を理解してみろ。辻褄をつけて整理してみろ。出来るものか、たかがお前らごときに、出来るものか」


 私はまた鏡をのぞいた。そこにはいま聞こえた声がはっきりと文字で記されていた。私はアパートを出た。




(つづく)


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