第26話 肥大化した私

 私はその頃、自分に対する違和感に悩まされ、さらに外の世界で繰り広げられる得体の知れない私に関する情報に、不安のみならず、ある種の焦りと恐怖を感じていました。誰かが私を追っている。それを確かめようと私もそればかりを追いかける。そんなことで毎日が過ぎていきました。


 ネットや新聞、雑誌、それにテレビの中で誰かが私を知っているように語ってはいるのですが、それは私ではないはずです。善かれしかれこれは私ではない。そこには確信がありました。それは揺るぎなかった。


 ネットなどで目にする私とはえて違う言動をしたりもしました。しかし肥大化した私はますます社会に拡散してゆき、世の中のそこかしこに歪んだ私がいて手に負えなくなっていました。その歪んだ私が、私を追い込んでくる。次から次へと「お前はそうじゃない」と私に私の変更を強いてくるのです。

「私を否定しなければいけない。私を消さなければならない」

 強くそう思いました。

 しかしその術が見つからない。すでに社会はそういうものとして動きだしている。その中の小さな私はそれに従うしかないのでしょうか。社会を確実に手術する方法も、社会を治す薬も見つかっていないでしょう。



 以前、私が自分のなかだけで感じていた違和感や不安もこれと同時にさらに大きくなっていきました。それから逃げるように心も私をはみ出していきました。

「分からない」

 分からないのです。辻褄を見つけたい。そうすれば少しは楽になるだろうと思いました。そんな状況でした。

「消えてしまいたい」とも思いました。なにかは分からないが、なにかを消せばこの状況も同時に雲散霧消するに違いない。そうとも考えていました。




(つづく)


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