第25話 拡散する私

 何気なくスマホを眺めながら、電車が来るのを待っていた。朝のホームで今日最初の情報を確認することが日課のようになっていた。ネットには、政治や社会、芸能、スポーツなどに関するニュースから、ゴシップや空想じみた陰謀、誰かの誹謗中傷にいたるまで次々と流れてくる。

 それが私に関係しないものであれば、すべて同じことで、ある意味朝一番の小さなエンターテイメントだ。つねにそこには、私はいない。そのはずだった。


山本薰かおる、死んだんだって」

「薰に死ねって誰かが書き込んでたみたい」

「えっ! 」

 私と同姓同名だと一瞬驚いたが、こんな名前はどこにでもあると次の画面を手繰たぐった。

「薰、大学の就職ガイダンスに出てたけど、あいつなにも将来のこと考えてないみたいだったぞ。バカだからな」

「山本君のエラーで逆転負けをきっし、チームは三回戦進出を逃しました」

「大学四年生の山本薰さんが交差点で車にかれ軽症でしたが、犯人は現場から逃げ、逃走中です」

「山本容疑者は「分からない」と否認している模様」

「三年前の事件に関する裁判で、共犯の山本薰に判決が下り・・・」

 他の様々な情報に混ざり私に関するニュースや書き込みが画面を流れてゆく。

 そこに私がいるはずはない。ここに私が映るはずがない。スマホの画面を消した。

 ホームに入ってきた電車に急いで逃げるように駆け込んだ。車内の中吊り広告には大きく次のように書かれていた。

「シリーズ・山本薰とは誰なのか! 連載はじまる」


 講習受講後の感覚、丸い鏡の中にいるような気持ちがやっと治まり、少し安堵したのもつかの間、今度は外に間違いなく私がいて、誰もかれもが話題にし、注目し、跡を追っている。そのはっきりとは見えない他人の目が怖かった。


 大学へは事故以来の登校だった。休んでいる間に一体、なにが起こっていたのだろう。従来感じていた私自身の中の違和感とは明確に違う恐ろしさを感じていた。




(つづく)


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