第24話 正解とか、答えとか

 二回目の講習以来しばらくはまわり全体が鏡になったような気分だった。丸い大きな鏡の中に私は閉じ込められ、そこに映る私の姿を眺めている。そんな感じだった。


 講習自体、私も母もそして弟も本来、受講しなくていいものであったはずだ。警察の書類上の辻褄合わせのために取調べを受け、「辻褄の法廷」まで引きり出された。そこで裁判となり、また辻褄合わせのために一応、受講することになったものだ。なんとも気分がすぐれない。「一応」で受けている講習でどうしてこんな不快な気分に悩まされなければならないのか。少しでも気を取り直そうと、私はやさしい薬を飲み部屋を出た。



「どうしたの。またそんなことして」

 私は、私の写真や日記を黙って眺めている母に言った。

「こうしてあなたの日記なんかを眺めていると、少し心が安まるのよ」

 母は聞き取れないほど小さな声で答え、また日記に目を落とした。


 母はここひと月ほど気分がすぐれず、塞ふさいでばかりいた。私のことについて、私に話してばかりいる。ときには涙を流すこともあった。

「あなたが、あんな形で死んでしまって、どうすればいいか・・・」

「考えても仕方がないと思うよ」

 私はいつものように答えた。

「なにか理解したいんだと思うのよ」

 母がぼそっとつぶやく。

「それは分かるけど」

 それ以上、返す言葉がない。正直、起こってしまったことはどうにもならないのだ。私はそう割り切ろうとしていた。しかし母はそうはいかないようだった。その気持ちは十分すぎるほど分かった。

「カウンセリングには行ってるの」

「行ってはいるけど・・・」

 母に恐らく責任はない。しかし母はそれに重い責任を感じ、自分を責めてもいるようだった。

「正解とか、答えとかはないんじゃないかな、たぶん」

「そうかもね」

「本人も分からなかったと思う。分かっていたら公園の老木にロープをくくり付けてぶらさがらなかったと思う。なにか、うまく言えないけど、なにかが分からなくなったんじゃないかな。生きていくうえでとても大切ななにかが」

 私はそう言うと、また慰めるように母の姿を眺めた。




(つづく)


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