第23話 私の混乱と私

 三時間におよぶ密室レクリエーションで経験した感情を私は上手く表現することが出来ない。

 いまだ感じたこともなく、名前すら付いていない様々な感情がいては静まり、また突如爆発しては収まる。それを感じていた。恐怖や不安などではない感情の暴発と静寂の連続だった。自分の意識と心の格闘であれば、その際に抱く感情に名前など付けようがないし、整理出来るものでもない。

 もしかしたら感情ですらなかったのかも知れない。ただ確かに心の鏡がこなごなに割れたことは分かった。


 一方、体から取り除いた鏡の破片から一人、二人とき出た私が、徐々に増えてゆき、八畳程度の密室を埋め尽くしていたことに間違いはなかった。私は確かにそれを見、それに触った。無数の私に囲まれ、身動きがとれないまま異様な自分の心の爆発と静寂の繰り返しだけを感じていた。


 経験したことのない心の動きであった。

 心自体もどう反応すればよいのか分からなかったのであろう。しかし疲れは感じなかった。未経験の感情のようなものに対して体は反応のしようがない。ただ私は、制御できず勝手に動き回り、私からはみ出してゆく心をどうすることもできなかったのだ。私は放心したまま密室を出た。


 次の講習に関する事務連絡があるということでみな一度、会議室に戻った。

 しばらくして講師が入ってきたが、講師の姿は私だった。もう驚きは感じなかった。

 回りを見渡すと参加者が全員、私であった。私と同じ顔、同じ服装、同じ髪型。たくさんの私が会議室を埋め尽くしていた。会議室に鏡はひとつもなかった。




(つづく)


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