第22話 閉じ込めた自分
短い昼食時間が過ぎ、私たちは食堂からまた会議室に戻った。
「それでは午後の講習を始めます。またレクリエーションを行なって頂きます」
講師は会議室に入ってくるなりそう言って説明を始めた。
「みなさんには一人ひとり別々の部屋に入ってもらいます。そこで三時間ほど過ごして頂きます。それだけです。簡単でしょう。これが終わったら今日の講習は終了となります。ではみなさん、席を立って、部屋に移動します」
講師はやたらとはきはき話す。それが少し癇に障さわる。昼食後に飲んだやさしい薬の影響があるのかも知れない。
そんなことを思いながら私は席を立ち、講師に従った。
私は指示されるまま、自分に割り当てられた部屋に入った。外からしっかりと鍵を掛けられたようだった。
部屋は八畳ほどの密室で窓はない。簡易トイレと、天井に蛍光灯があるだけだ。他には何も無い。四方をグレーの、コンクリートむき出しの壁が囲んでいる。
部屋にアナウンスが流れた。あの講師の声だ。
「なにがあっても三時間は、部屋から出られません。ですから助けを呼ぶコールなどもありません。ゆっくり休んで頂いても結構ですし、泣き叫んで頂いても大丈夫です。閉ざされた部屋で、ご自分ひとりでいて頂けば結構です」
マイクを通すとさらに神経を逆なでする声だ。それがコンクリートの壁に響く。
やることがないと時間はゆっくりと過ぎる。いやこの部屋には、時間は無い。過ぎるものがなにもないのだ。なにも動きも止まりもしないし、開きも閉じもしない。そんななかには時間はない。
しばらくすると意識が自分に集中してくるのを感じた。
部屋には鏡のように外を映しだすものはないが、心のなかには間違いなく自分を映す鏡があった。
自分の心の鏡をじっと眺める自分の意識を感じた。なんだかそれはとても危険な気がして、意識を外に向けようとするが、心に引き戻される。心のなかの鏡にはまた、私がいた。それも私ではない私としか感じられない。もはや違和感さえ、確かには感じられない。混乱、責苦だった。私の意識が、私の心と、私のなかで対峙する。その真ん中に心を守るように鏡がある。そこにいる私を、こんな私全体をどうやって理解しろというのか。理解の糸がぷつぷつと切れてゆく。
意識を心からそらそうとするが、コントロールが利きかない。意識は暴走し私のなかで心に襲いかかっているようだった。
そのとき体に痛みを感じた。その瞬間に意識が心からさっと離れた。先の鏡投げの際に体に刺さったいくつかの破片に気づいた。ひととおり破片は取ってもらい手当をしてはもらったのだが、まだ残っていたようだ。私は痛みに耐えながら小さな破片を取り除いた。
その一つひとつに私の顔が映っていた。
それがまた私を見る。私は破片を無造作に部屋の隅に捨てた。すると破片に映る私がこの狭い部屋に散らばり、それがまたはっきりと私を現わし始めたのである。
閉鎖された部屋に二人、三人と私が増えてゆく。どんどんと増殖してゆくのだ。はっきり見える。私でない私がこの部屋に何人も居る。
(つづく)
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