第20話 他者という鏡

 休憩時間が過ぎた。受講者は数名減っていた。

「次に、二列に並んで頂きます。三メートルの距離をとって、二列平行になって、向かい合って下さい」

 講師が指示を出す。また何枚かの鏡が受講者に配られる。

「対面するひとに、鏡の表面を向けて相手の姿を映してあげて下さい。そして皆さん、それに映る自分をじっと眺めて下さい」

 私たちは言われたとおり平行に二列に並んで向かい合い、正面に立つ相手を鏡に映した。相手がこちらに向ける鏡に私の姿がぼんやりと映っている。それをじっと見ていると、三メートルという距離のせいか、はっきりとではないが、確かに私が映っている。それは確認出来た。


 やはりまた私でない私がぼんやりと映っている。次第にそれを確認したい気持ちがたかまり、自然と足が前に動いてしまう。

「止まって。動かないで」

 講師が言う。

 私は後ずさりするが、気持ちが自分の顔を確認しようと前に前にと急かされる。

 そのとき講師が笛を吹き叫んだ。

「投げろ!相手に鏡を投げつけろ」

 私は相手の持つ鏡に向い、鏡を投げた。相手も私に投げてくる。側に積まれた鏡を次々に投げた。相手も絶え間なく私に鏡を投げてくる。私を映す鏡が宙を舞う。私であって私ではない私の顔がいくつも、いくつも宙を舞う。鏡に映る私の顔も相手の顔も粉々に割れて飛び散った。


 それだけではない。鏡だけでなく正面に立つ相手の体にも鏡を投げた。鏡は相手に当たり、割れる。その破片が飛び散る。相手にも私にもそれが突き刺さる。顔からも腕からも血が流れる。

「止めるな。投げろ、当てろ!」

 講師の声がグラウンドに響く。

「壊せ、壊せ。相手の鏡もなにもかも、壊せ! 他人の視線を消せ。鏡を消せ。他人に映る歪みを消せ! 映る自分ほど不自然で分からないものはないんだ。消せ」

 私たちは無我夢中で次々に鏡を投げた。相手に当るように投げなければ、その不確かな視線を壊せない。力任せに投げなければ他人を消せない。私は突き刺さる鏡の破片も気にせず投げ続けた。

「ぼやけてるんだ、私が! こんなものがあるから、映るから私が分からなくなる。私が不自然になる」

 私はそう言いながら必死に投げた。

 逃げる者はひとりもいない。みな懸命に鏡を投げ続けている。鏡が体に当る音、割れて地面に落ちる音が曇ったグラウンドに響いていた。



(つづく)


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