第21話 私の損壊と消失
さらに受講生の数は減っていた。鏡の投げ合いをやったのだから当然だ。私は軽症であったため軽く手当をしてもらい、教室として使われている会議室に戻った。しかしまだ体のどこかに鏡の破片が刺さっているようだ。体を動かすとチクチクと鋭い痛みが走る。体が痛む。
しかしグラウンドでの鏡割りと鏡の投げ合いが、私にとってどんな意味があったのかははっきりしない。少なくともあのレクリエーションで、なにかを得たという実感はなかった。自分の顔が映る鏡をこなごなにし、見ず知らずの他人に鏡を投げつけ、怪我を負わせる。やっている最中は鏡に映る、私であって私ではない私が、無数に分裂し、解体されているように感じ夢中にもなったし、なぜだか得体の知れない怒りも感じていたようだ。
それだけではない、私が増殖してゆくような感じもしていた。
いずれにせよこの講習は、いま私個人が抱えている問題、私が私であって私ではない違和感や不安を和らげることが最終目的ではない。辻褄の法廷でいわれたように、不自然な歪みや逸脱を辻褄の範囲内に矯正することがねらいであり、私が抱える問題とはまた別のものだ。私の問題を解決するものではないだろう。
「みなさん、いかがでしたか? 始めから少し激しすぎましたか」
講師がにこやかに話し始める。私は疲れもあり、早く終わらないかと思いながらノートを開いた。
「この講習は、先にも申しましたようにしっかりとした「私」、「自分」を持っていない方を対象としています。そのために先ず、歪んだ自分を壊す、偽物の自分を損壊し、消してゆく作業の一環として、手始めに「鏡割り」をして頂きました。それには体を傷つけることも重要です。体が一番分かりやすい自分ですからね。「辻褄の社会」に合わない自分、そこからはみ出た自分を、辻褄で説明でき、行動できるようになるまで頑張りましょう」
講師はひどくはきはきと話しているが、辻褄というものが、私には次第に分からなくなってきていた。
(つづく)
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