第18話 外の外側の様子でも

 街中でカモメをよく目にするが、それはなにもダブリン特有という分けではないだろう。港に近い街では往々にしてある風景だ。このヨーロッパの果てに位置する街のど真ん中をリフィー川が流れており、大量の淡水をアイリッシュ海に注ぎ込んでいる。対岸はもうリバプールだ。


「今日も雨が降るのかな」

「どうだろうね。いつもどおり午後には降ってくるんじゃない」

 彼は雑誌社に勤めている学生時代からの友人と橋の手前にあるレストランで遅い昼食をとっていた。今日は妻のために朝食を作っただけで、自分はなにも食べていないんだと、もつのスープを頬張りながら友人は天気を心配している。彼は店外のテラスで空を眺めながら、物欲しそうに飛び回るカモメにうんざりしながら言った。

「この街には名物料理というものがまったくない。辟易するほど外国料理ばかりだ」

 笑いながら彼は続けた。

「『自由人』ていうんだ。彼が今度、新しく出版する雑誌の名前。創刊号が外国料理の特集なんだよ」

 肉好きな彼の友人は大きなソーセージを咥えながら笑って言った。

「その取材でこれから料理屋を回らなければならないが、正直うんざりだね」


 ここから橋の手前にある交差点が見える。いつものように人や車で混み合っている様子がうかがえる。彼は最近厄介事があり、ずっと舌が疲れるほど話していて、これ以上喋る気力もないので黙って交差点を眺めていた。友人が何か言っているようだが、街中の雑踏でよく聞き取れないようだ。

「じゃあ、また。仕事頑張ってね」

 彼は代金をテーブルに置いて席を立った。交差点まで来て店をふり返るとまだ友人は何か食べているようだった。


 交差点を渡るとこの街で一番の大通りに出る。さほど長く続く通りではないが、大型書店やシネコンなどが並んでおり、時間があるときは書店に立ち寄るのもいい。そこには映画化された本が積み上げられている。『お前はだれだ』というタイトルが向かいの映画館にも見える。彼はそれを一冊取り上げ映画のワンシーンで装丁された表紙を眺めて、パラパラと数ページめくってすぐに戻し、書店を出た。


 かつてはヨーロッパで有数の都市であったが、いまやこぢんまりとした地方都市といった風情だ。それが通りの雰囲気を穏やかにしているという。その穏やかさが日々の忙しさや不安を和らげ、この街の人々の心も優しくしてくれるとスティーヴさんは語る。



『ダブリンって、アイルランドか・・・』

 私はテレビを切った。気を紛らわそうとつけたテレビも私の不安を穏やかにも優しくもしてくれなかった。

 夕食後の時間によく放送している、街の雰囲気を伝えるだけの退屈な海外情報番組だ。私はやさしい薬を飲み、明日の講習に備えベッドに入った。



(つづく)


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