第16話 意図とは別
「本当に大変だったわね。あんな昔のことで警察に呼ばれるなんて」
母は夕食の片付けを終えてテーブルに着き父と私に言った。
「真輝が一番、大変だっただろう。あの件に関して、何も話してなかったからな」
父はテレビのリモコンをいじりながら、少し申し訳なさそうに言った。
「当時、警察は事実がどうあれ自殺で辻褄が合っているから、事件としても事故としても問題ないって言ってたのよ。それをいまさら」
母もテレビのバラエティ番組のコントに目をやりながら笑って続ける。
「だから、警察では前の時と同じように答えたのよ。私がやりましたって。そしたら、やっぱり無罪放免で、勝手に帰れだって!」
「私は初めて聞いたから、ビックリして、どう答えていいのか、さっぱり分らなかった。教えといてくれないと」
私は少し辟易した口調で答えた。
「お父さんが浮気をしてたのよ、あの頃。浮気はいいとしても、相手がダメだったの。お父さんには似合わないひとだったのよ。だからね、私のためにも子どものためにも、相手を変えてくれって頼んだのに、頑として聞かなかったわ」
母が当時のことを話し始めると父は照れくさそうに微笑みを浮かべながら頷いた。「女性専門の相談室なんかにも相談に行ったけど、らちがあかなかったわ」
母は懐かしい思い出話をするように相好を崩し、笑い声を抑えながら話している。
「だからどうしようもなくて、あの子に出されていた睡眠薬を食事に混ぜて、お父さんに飲ませて寝てもらったの。不釣り合いな人と浮気をするのは目が悪いからでしょう。だから私がお父さんの目に指を入れて目玉を取り出したのよ。そしたらお父さん、ギャーギャー言って、暴れちゃってね、あははっ。あの子が馬乗りになってお父さんを押さえつけたのよ。はははっ!」
母と父はまるで昔の夫婦げんかを面白おかしく思い出しているようだ。
「あの子、お父さんの腕を後ろ手にねじ曲げたんだぞ。痛かったよ。それでさ、俺の腕の関節が外れてブラブラになってさ!」
母の話を受けて父も楽しそうに言った。
「ほら普段、野菜や肉を切って料理をする包丁があるでしょう。それでお父さんの体を何度も、何度も刺したのよ。そうしたら血が吹き出してきちゃって、そのうえ、あの子がぶら下がった腕をもぎ取ったから、余計に吹き出しちゃたというわけ」
母は父の眼窩に指をねじ込んで取り出した両目のどこに異常があるのかしばらく調べたが、血まみれでよく分からなかったようでゴミ箱に捨て、次に嗅覚をおかしくしている鼻に手をかけた。そして次は耳だった。父はすでに息絶えていたという。
父の体は血まみれで体液も流れ出ていたため、母と弟は死体を乾かそうと、公園の老木にロープを括り付けてぶら下げたのだった。顎がちょうどロープを引っ掛けるのに都合が良かったので、そうした。何も自殺に見せかけようとしたわけではない。乾かそうとしたのだった。
「それをまた今回、警察で確認されたのよ。でも辻褄が合ってるでしょう。だから私とあの子はすぐに無罪放免となったの」
父が続けて言う。
「真輝には悪かったと思ってる。別に大したことじゃないから伝えなくてもいいかと思って、何も話さなかったんだが、警察が書類を整理していたら、真輝の存在がこの件での辻褄から浮いてしまうということで、確認がしたかったんだろう」
「真輝が『分からない』と言うから裁判にまでなったのよ。辻褄の法廷。『分からない』じゃ、この件が完結しないから警察も困ったのよ」
「だって私は、何も教えてもらってないもの!」
私はふて腐れて答えた。
「ごめん、ごめん」
母はまた笑いながら答えた。
(つづく)
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