第15話 辻褄の法廷にて

 法廷の傍聴席に父と母がいることに気づいた。少し目を合わせたが母はすぐに顔を伏せうつむいた。

 検察官がゆっくりと話し始める。

「被告は、自殺に見せかけた父親殺しに関し、『分からない』を繰り返すばかりです。この罪がいかに大きなものか。もう一度、ここで被告に聞きます。本当に分からないのですか?」

「分かりません。何も知りません」

 

私が今までどおり事実を述べると裁判官が口を開いた。

「殺人は、御存知のようにそれ自体、法的にも道徳的、人道的にもたいした罪ではない。尊属殺人ならば、なおのこと罪は軽い。にもかかわらず『分からない』を繰り返す。これでは出来事、事件がはっきりしなくなってしまう。私がもう一度、聞く。本当に父親殺害について分からないのか?」

「分かりません」


 弁護士が後を承けて話し始めた。

「被告は最近、精神科の病院に入院していました。これを直接、事件発生時まで遡及することは出来ませんが、その時すでに精神疾患をわずらっていた可能性も排除できません。現在は精神の状況により、『分からない』としか言えない。そこで責任能力の有無についての精神鑑定を求めます」


 裁判官は一度、私の表情を確認して言った。

「問題は、いま『分からない』と言うことだ。そう供述していることだ。なぜ母親と共謀し父を殺したと言わないのか。被告が事実を知らないとしても、なぜそのように虚偽の供述をここでしないのか。そう言いさえすれば事件の辻褄が合う。被告の罪などどうでも良いはずだ。出来事が合理的に説明できれば罪はない。それを『分からない』では、この事件に関してあなたの存在が説明できなくなってしまう。これでは法廷のみならず社会に混乱をきたす可能性が大きくなる。もう一度だけ聞く。本当に分からないのか?」

 私は答えに躊躇したが、少し間を置いて答えた。

「母を手伝って、父を殺しました。すみませんでした・・・」


 裁判官は私を見つめたまま言った。

「分かりました。これで事件の辻褄が合います。これによってあなたを無罪とします。即時釈放です」

 そう裁判官が告げると検察官は釈放指揮書を作成し、私はその場で釈放になった。


 父と母と三人で車に乗り家へと向った。



(つづく)

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