第10話「ジン、食材探しの旅に出る」
大陸暦一〇七四年八月十日。
この世界に来て半年の時が流れた。この時間でいろいろなことを経験した。
一番大変だったのは
俺自身は迷宮に興味はなかったが、意外なことに王国の役人であるダスティン・ノードリーが迷宮に入ってレベルを上げることを提案してきた。
「ジンさんはレベルが低いですから、少し上げておいた方がいいと思います」
最初は理由が分からず、「どうしてですか」と首を傾げる。
「この世界はジンさんの世界と違ってレベルやステータスというものがあります。レベルが上がれば身体能力も上がります。一概には言えませんが、レベルが上がれば肉体が強化され、病気になりにくくなります」
レベルが上がれば耐久力が上がり、
「つまり、この世界に合わせて身体を鍛えろと」
「その通りです。優秀な護衛と一緒なら低層であれば問題ありませんし、レベル百くらいまで上げておくことをお勧めします」
「ダスティンさんのレベルはそこまで高くなかったですよね?」
「ええ、私は軍の訓練についていっただけですから。ですが、ジンさんの場合は専門の護衛が付きます。ですので、無理のない範囲で上げられるだけ上げておいた方がいいでしょう」
国王か内務卿のランジー伯爵からの提案のようで、国が護衛を雇ってくれるらしい。
護衛はフィル・ソーンダイクの他にグリーフ迷宮という有名な迷宮から
護衛と共にブルートン近くの小規模な迷宮に入った。
小規模と言っても一階層で三百メートル四方くらいあり、四百階層以上あるらしい。
シーカーは全員がレベル三百以上の
フィルを含め、五人の護衛に守られながら、一ヶ月間迷宮に入り続けた。
一緒に入るだけではレベルを上げにくいそうなので、護衛たちが戦闘不能の状態にした魔物に止めを刺し、レベルを上げる、いわゆる“パワーレベリング”という方法を使っている。
そのお陰もあり、僅か一ヶ月でレベルは105まで上がっている。
今のステータスは以下の通りだ。
名前:ジン・キタヤマ
種族:普人族(異世界種)
称号:流れ人 レベル:105
STR: 11
AGI: 11
DEX: 55
VIT: 11
INT: 29
MND: 18
LUK: 45
HP: 122
MP: 203
スキル:
武術スキル:長剣術の心得2
一般スキル:料理9、家事5、商業学3、交渉3他
特殊スキル:言語理解
状態:正常
来た当時に比べれば、HPは四倍になり、この世界の一般人と同等レベルくらいにはなったようだ。
器用さを表すDEXも上がっているが、この器用さは戦闘用であり、同じ刃物であっても包丁使いが上手くなるようなことはなかった。
ただ、この一ヶ月間は結構辛かった。
魔物を殺すという行為については魚を絞めるのと同じ感覚で必要なことと割り切れたが、迷宮の中を歩き続けるのが苦痛だった。
一日に最低十階層は進むのだが、慣れない防具を付けて七、八キロ歩き、剣を振るう。最初のうちは途中で何度も疲れて動けなくなり、迷宮の中で何度も休憩を取らせてもらった。
その度に護衛たちを無為に待たせてしまい、申し訳なさで精神的に辛かった。
十日も過ぎるとレベルアップの効果で体力がついてきたのか、ずいぶんと楽になり、弁当を作る余裕すらできた。お陰で護衛たちからは美味い弁当が食べられると喜んでもらえ、それで精神的に余裕ができた。
ちなみに長剣術の心得というスキルを得られたのはフィルが教えてくれたためだ。
あまりにへっぴり腰だったので、見るに見かねて教えてくれたらしい。
迷宮に入ったことの他にやったことは、宮廷料理人たちに料理を教えたことだ。
当初、サッカレー料理長に教える必要があるのかと疑問に思っていた。料理長の料理を食べているが、見事なクラッシックスタイルのフレンチで、これだけの腕のシェフは日本でもなかなかいないと思えるほど完成度が高かったためだ。
そのことをランジー伯に正直に伝えた。
「サッカレー料理長の腕は本物です。私が指導する必要などないと思いますが」
「いやいや、料理長もキタヤマ殿の料理に感銘を受けたそうで、ぜひとも言っておりますよ」
伯爵ではらちが明かないと思い、料理長本人と話をすると、
「ぜひともお願いしたいと思っております」と頭を下げられる。
「ですが、料理長の料理は完成された素晴らしいものではないですか。私が教えることなど何もないと思いますが」
正直な気持ちを伝える。
「その完成された料理というのが理由なのです」
「どういう意味でしょうか?」
「私のレベルは八。今までの料理長も同じくレベル八なのです。トーレス料理だけではこの限界を突破することができないのではないかと思っているのです。実際、ワショク以外の料理を極めているキタヤマ殿のレベルは九です。ですから、ぜひとも美食の
ユートピアという言葉には引っかかるが、言いたいことは何となく理解できた。
一つの料理を極めるだけではレベル八が限界で、別の手法を取り込むなどの工夫をして初めてレベル九になれると考えているようだ。
そこまで言われたら教えないわけにはいかないと了承した。
料理長たちに料理を教えながら、和食の食材を探すことも行っている。
しかし、マッコール商会では新たな食材は見つけられず、費用ばかりかさむようになった。
そのため、自ら大陸の東にあるマシア共和国、マーリア連邦、スールジア魔導王国に実際に足を運ぶことを考え始めた。
そのことをダスティンに相談すると、
「お気持ちは分かりますが、難しいかもしれませんね……」
そう言いながら地図を開く。
「目的地で一番近いのはマシア共和国です。近いといっても直線距離で三千五百キロメートルほどありますし、海路を使うなら五千キロは優に超えるでしょう。距離も問題ですが、もっと大事なことは間にアレミア帝国があることです」
アレミア帝国はこの大陸最大の国家で、トーレス王国と国境紛争が絶えない国だ。戦争状態ではないが、友好的とは言い難く、王国としては安全を保障できないということだ。
「マッコール商会は定期的に往復していますよね。一般人なら問題ないということでは?」
「確かにそうなんですが、流れ人と分かると帝国に拉致されかねません。それが不安なのです」
「そうですか。では諦めるしかありませんね」
その翌日、ダスティンはランジー伯らに相談にいったようで、解決策を持ってきてくれた。
「伯爵閣下に相談したところ、スールジア魔導王国所属の魔導飛空船を使ってはどうかと言われました……」
魔導飛空船は地球でいうところの飛行船に近いものだ。速度は時速三十キロほどと大した速度ではないが、一日に二百五十キロほど移動できる。そのため、半月ほどでマシア共和国の首都アーサロウゼンに到着できる。
スールジア魔導王国はその名の通り魔導具の交易で栄える国だ。
トーレス王国にはグリーフ迷宮という世界最大の迷宮があり、
スールジア魔導王国はゴイア神国という鎖国している宗教国家以外とは友好的な関係を維持しており、アレミア帝国でも手を出さないため、安全を確保しやすいとのことだった。
問題はいつ来るかということと運賃の高さだ。
魔導飛空船は定期的に運航しているといっても、三ヶ月から五ヶ月くらいと来るタイミングは結構いい加減だ。また、王都に寄ることは少なく、迷宮があるグリーフ市に二日程度滞在するだけで出発してしまうため、逃してしまう可能性がある。
運賃もマシア共和国までの片道で、一人当たり一万ソル、日本円で百万円以上掛かるらしい。
さすがに往復二百万を出してもらうのは悪いと考え、「諦めます」と言ったが、
「王国の発展のためですから、ぜひとも」とダスティンに言われ、
「料理長たちへの指導の報酬とお考えください。王宮の料理の発展のためですから適正な報酬ですので」
ランジー伯からも同じように言われていた。
大したことは教えないので非常に心苦しいが、本気でトーレス王国に和食を根付かせようとしているため、それに協力することで恩を返そうと思い直した。
マシアまでの移動手段は確保できそうだが、その先も考えておかないといけない。
マーリア連邦はメティス内海という名の海で繋がっており、定期航路もあることから海路での移動が可能だ。
しかし、もう一つの行先の候補であるスールジアの主要都市はマシアから千キロ以上離れているため、陸路を行くと二ヶ月近く、海路を使っても一ヶ月近くも掛かるらしい。
この国には中華の四川料理に似た料理があり、ぜひとも行きたいところだ。ここブルートンにもスールジア料理を出す店があるが、あまり出来がよくなかったので、本場に行って確かめてみたいと思っている。
行くとなると、魔導飛空船を使う必要があるが、マシアやマーリアは首都であっても魔導飛空船が定期的に訪れる可能性は低く、確実に移動するためにはチャーターするしかないそうだ。
チャーターとなると、運賃は一気に跳ね上がり、数億円規模になるらしい。
さすがにこれを出してもらうわけにはいかないため、今回はマシア共和国とマーリア連邦の二ヶ国に絞り、米、日本酒、醤油、味噌などを中心によいものがないか探すことにした。
それから東方諸国に行く準備をしながら、料理長らに和食を教えた。
八月に入ったところでスールジア魔導王国から魔導飛空船が王都ブルートンに到着した。本来の航路からは外れているが、グリーフの迷宮管理局という役所に事前に通達しており、わざわざ寄り道してくれたのだ。
私と一緒に東方に向かうのはダスティンとフィル、そしてオーデッツ商会の商会長チャーリーの三人だ。
三人とも家族持ちで長期間の出張に付き合わせるのは心苦しかった。
安全が保障された場所ではなく、地球で言うなら治安の悪い南米の国や未開のアフリカ大陸に行くようなものだ。
見知らぬ土地の風土病や移動中の事故、魔物や盗賊による襲撃など危険はいくらでもある。
そのことをダスティンにいうと、
「確かに家族と離れるのは辛いですが、これは私にとってチャンスなんです。今回もジンさんと一緒に行くということで、産業振興局の局長に抜擢されることになったんです。部下はほとんどいませんけど、私のような平民にとっては物凄い出世なんですよ」
産業振興局というのは和食を新たな産業の目玉にするために新たに作られた部署だそうだ。
フィルにも意見を聞いたが、かなり乗り気だ。
「ジンさんと一緒にいるのは楽しいですから。それに手当もたっぷり出ますので」
フィルとは結構馬が合うので、俺としてもありがたい。
チャーリーは更に乗り気だ。
「マッコール商会にはいつもやられていますから、この機会にギャフンと言わせてやりますよ。もちろん、これだけ大きな話に乗らない商人はいませんけどね」
チャーリーも俺と同い年で魚介類の取り寄せの時に意気投合しており、俺の料理にとても興味を持っている。
三十代のオッサン四人旅で色気はまるでない。
魔導飛空船は小型のものになるらしいが、全長は三十メートルほどあり、思った以上に大きく見える。
一応貨客船だが、メインは貨物だ。乗客は俺たちの他には商人が五人と、スールジア魔導王国の外交関係の役人とその家族が六人だけと聞いている。
今回はアレミア帝国でのことを考え、魔導王国の役人に雇われたスタッフに偽装する。当然、ランジー伯が直々に魔導王国の役人に依頼しており、俺たちがミスをしなければ問題は起きないはずだ。
タラップを上って魔導飛空船に乗り込むが、飛行機とは違って何となく心許ない。床はベコベコという感じで柔らかく、床が抜けそうな不安感があった。
座席は三十ほどあるため、余裕はあるのだが、クッションが効いておらず、座り心地がよくない。
出発前に飛行機と同じようにシートベルトを着用するよう船員に指示される。離陸と着陸時は安定性が悪いため、大きく揺れたり、地上に激しくぶつかったりすることがあるための措置だそうだ。
その話を聞き、俺たち四人は不安顔になる。
俺は飛行機に乗ったことはあるが、飛行船に乗ったことはなく、ダスティンたち三人はいずれも空を飛ぶこと自体、初体験だ。
船員の脅しでビビりながらも、飛空船はゆっくりと空に浮かび上がっていく。
こうして俺の旅は始まった。
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