第8話「ジン、国王に料理を作る:後篇」

 俺はトーレス国王ヘンリーと王妃ら四人の王族に料理を出すため、王宮にいる。


 その経緯だが、ダスティンから彼の上司である内務卿ランジー伯に料理を作ってほしいと言われ、料理を作ったところ、それをランジー伯が気に入ったそうで、国王たちにも作ってほしいと頼まれたためだ。


 正直なところ、チェーン店くらいの味にはできたと思うが、職人としては全く満足していない。


 王宮のホールで国王たちに挨拶をすることになったが、作法も分からないのでランジー伯に丸投げし、頭を下げることだけで済ませている。


 ホールの横にある調理場で最後の仕上げを行っていく。

 料理はこの調理場ではなく自宅の台所で作ってあった。この世界には収納袋マジックバッグなる便利な道具がある。

 時間の経過を止めることができるから、仕上げだけをすればいいように使い慣れた台所で調理してきたのだ。


 王宮の調理場には最新の魔導コンロやオーブンがあるが、使いこなせるか自信がない。ダスティンから料理人たちを使ってもいいと言われたが、俺の料理を知らない者に頼むわけにはいかない。

 今回は大したものを出すわけじゃないから、大掛かりな調理場は必要なかった。


 簡単な仕上げだけなので、宮廷料理長たちに手伝ってもらうことはないのだが、彼らも異世界の料理に興味があるのか、遠巻きに見ている。


 国王に料理を出すということで、毒を入れられることを防ぐため、当初は厳重な監視の下で料理をさせられるのかと思っていた。

 江戸時代の殿様は毒見のために冷めた料理しか食べられなかったという話を聞いたことがあったためだ。

 そのことをダスティンに聞くと、異世界らしい事情を教えてくれた。


「毒の有無は鑑定で確認するんです。テーブルに出したものを専門の鑑定士が確認するので、毒見は必要ありませんし、王宮で作る必要もありませんよ」


 俺にとってはありがたい。

 最適の温度で提供できなければ、味自体を変える必要があるためだ。



 ダスティンから借りたマジックバッグから鍋を出す。

 一品目をガラス製の器に盛り付け、給仕に合図を送る。給仕たちがトレイに載せて運ぶのだが、俺も一緒だ。

 国王たちに料理の説明をするためだ。


 再び、ホールに入ると、国王たちにワイングラスが配られていた。これも俺が指示したことで、ワインではなく日本酒が入っている。


 ガラスの器の中には小振りのトマトが丸ごと入っており、透明な液体に浸かっている。その中に刻んだ緑の葉が散りばめられている。

 料理が並べ終わったところで、給仕から俺に合図が来る。それに小さく頷き、口を開く。


「一品目は見ての通り、冷やしたトマトでございます。まずはご賞味ください」


 あえて説明は省略した。先入観を持たれたくなかったのだ。


 国王の表情が僅かに落胆したように見えた。ただの冷やしトマトだと思ったのだろう。

 切れ込みが入っているため、スプーンで軽く切れる。国王は一切れスプーンに載せ、口に運んだ。


「……!」


 国王の目が丸くなった。


「スープに浸っているのか……スープは魚だな。このとろみはゼラチンか……いや、それにしては粘り方が違う気がするな」


 さすがは美食の都の主だけあって、味覚は鋭いらしい。


「トマトを鰹だしで煮た後、冷やしました。とろみはジャガイモのデンプンで付けております」


 作ったのはトマトの冷製おでんだ。

 鰹だしに上品さはないが、トマトの旨味がそれを補っており、掛けてある出汁も割と美味くできた。本当は大葉が欲しかったが、見つからなかったのでバジルの葉を刻んでいる。


 この料理にした理由は一品目ということであっさりとしたものにしたかったことと、鮮やかな赤とバジルの爽やかな緑で、見た目にインパクトがあるためだ。


「トマトと魚介を合わせる料理は多いが、趣が違う」と王太子のジェームズが呟く。


「恐らくオリーブオイルがないからではないかと。これにオイルを足せば、この辺りの料理に近い味になると思いますので」


「なるほど。確かにオリーブオイルがあれば近いものがありそうだ」


 冷製のトマトスープのようなものがあるのだろう。


 国王が日本酒に口を付け、「これはよい」と満足げに頷いた。


「マシア共和国のブラックドラゴンという銘柄のサケでございます。サケは私の母国の醸造酒で、このような魚介のスープによく合います」


 そこまで説明したところで二品目の準備のために厨房に戻る。


 二品目は刺身と行きたいところだが、この国では生魚を食べる習慣がないそうだ。しかし、刺身に近いものを出すつもりでいる。


 マジックバッグから切り分けてある魚介を出していく。

 それをスプーンの上に盛り付け、味を付ける。箸が使えれば普通に盛り付けられるのだが、ナイフとフォークでは食べづらい。


 そのため、一口で食べられるようにスプーンに載せたのだ。

 盛り付けを終え、ホールに戻る。


「二品目は魚介になります。茹でダコにバジル醤油ソースを掛けたもの。マグロの赤身をさっと湯に通した後、醤油などの調味液に漬け込み、マスタードを少量載せたもの。茹でた海老に醤油とオリーブオイルを掛けたもの。マテ貝の湯引きに酢味噌を掛けたもの。イワシの炙りに醤油と生姜を掛けたものになります」


 それぞれ和食を意識しながらも、抵抗感が少ない味付けに仕上げてみた。


「基本的にはサケに合うように作っておりますので、併せてご賞味いただければと思います」


 反応を見たいが、三品目の準備があるので、すぐに調理場に戻る。


 三品目は焼き物だ。

 大爪鳥クロールースターという鳥に似た魔物モンスターの肉の照り焼きだ。


 魔物というと大味に思えるが、この世界では高級食材らしく、通常の鶏肉より高い。と言っても大爪鳥自体は比較的安い肉だそうで、日本のブロイラーの若鳥に近い。


 熱々の照り焼きをキャベツのみじん切りの上に載せ、ホールに持っていく。


「チキンソテーでもないようだが?」と国王が首を傾げる。


「大爪鳥の照り焼きです。醤油をベースとした甘みのあるソースをつけて焼いております」


 一口食べたところで「これもよいな」と国王が頷く。それを確認し、次の料理の準備に向かった。


 四品目は煮物だ。

 熱々の鍋から蕪を取り出し、スープ皿に載せ、出汁を掛ける。更に甘めの味噌を上から掛ける。


 風呂吹き大根ならぬ、風呂吹き蕪もどきだ。

 大根がよかったのだが、これも見つかっていない。正確にいうとラディッシュのような小さなものはあったが、日本にある“大根”はなかった。


 本来なら昆布だしで炊きたいところだが、鰹だしで炊いている。どちらかというとこれもおでんに近いが、田楽味噌を載せていることから何となく風呂吹き大根に見える。


 田楽味噌だが、これも材料が足りない。本来なら味醂があった方がいいのだが、日本酒に砂糖、甘口の白ワインを加えたものを使っている。

 少し酸味が出るのだが、これはこれで悪くない。


 最後の仕上げに青いレモンの皮をすって掛ける。これも柚子の皮の代用だ。


 これにも驚かれた。


「この上に掛かっている甘いソースは何かな」と国王が聞いてきた。


「味噌という大豆を使った発酵食品に砂糖と酒、白ワインなどを加えて火にかけて伸ばしたものです」


「ミソ……変わった香りだが、これには大きな可能性を感じる」と王太子が田楽味噌を舐めながら何度も味を確認していた。


 五品目は揚げ物だが、これはホールで直に調理する。

 目の前で天ぷらを揚げるのだ。


 魔導コンロは卓上コンロと同じく持ち運びが簡単だ。さすがに太白ごま油はなかったので、一番出回っており、質がよかったオリーブオイルを使っている。


「この場で調理させていただきます」と言いながら、油の温度を確認する。


 適温になったところで、小麦粉を冷水でざっくりと混ぜた衣液にネタを入れ、適度な量を付けたら、油の中に入れる。

 最初はオーソドックスに海老だ。


 海老は車エビに近い小型のものだ。マジックバッグでは生きたまま運ぶことができないので、その点は残念だが、絞めたばかりなので鮮度的には問題はない。


 きれいに衣の花が咲いていく。

 揚がったことを音で確認してから網の上に上げる。そこで軽く塩を振り、給仕に運んでもらう。


「熱いのでお気を付けください」と言いながら、頭も揚げていく。


「ハフハフ……これは実に軽やかなフリットだな」と国王が熱そうに食べている。


「サケを合わせると更に美味しくなると思います」


 そう説明しながら、形よく揚げた海老の頭に塩を振る。

 頭が出されると、国王たちはこれも食べるのかという顔をするが、「熱いうちにどうぞ」と俺が言うと意を決して口に入れた。


「熱い!」と国王が叫ぶが、すぐに「これは美味い!」と驚きの声を上げる。


 その間に給仕たちに天つゆを出してもらい、次のタネ、キノコを揚げていく。

 キノコはジロールとポルチーニのスライスの二種類を用意した。ジロールはマイタケに近い感じで、ポルチーニは甘みと香りが強くシコシコとした食感が意外に美味かった。


「その液体に軽くくぐらせてお召し上がりください」


 天つゆも材料がないので簡易版でしかない。


「これは珍しい食べ方だな」と言いながら、国王はフォークに刺したジロールの天ぷらを天つゆに付け、口に運ぶ。


「これもよい。ほのかに甘いスープとサクッとした衣、中のキノコの旨味が実によく合っている」


 美食家らしいコメントを聞きながら、トウモロコシと人参、ジロールのかき揚げを作っていく。

 これも好評で国王は天ぷらを大いに気に入ったようだ。


「衣のサクッとした食感と、ソースなどの味付けに頼らず素材の味を最大限に引き出す手法は今までにないものだ。目の前で調理するというスタイルもよい」


 その話を聞きながら、最後の締めのご飯ものを作りにいった。


 最後はダスティンとフィルが絶賛した鰻の蒲焼きを出す。

 全体の味付けから言えば、甘くない鯛めしのような比較的あっさりとした魚介系がよいのだが、この世界の人間ははっきりとした味を好む。


 鰻の蒲焼きの圧倒的な香りに対し、国王たちがどのような反応を示すのか知りたいとも思っている。結果次第では今後俺が作る料理の方向性が変わる可能性があるためだ。


 蓋付きの砂糖を入れる壺のような食器に、炊き立てのご飯と鰻の蒲焼きを入れて蓋をする。壺にしたのは蓋がある適当な食器がなかったためだ。

 そして、用意しておいた蒸し器に入れ、ご飯と鰻をなじませる程度に温める。


「最後は米を炊いたものとセオール川で獲れた鰻の蒲焼きとなります。蓋を取ってスプーンでお召し上がりください。一緒に出したスープは先ほどの味噌を使ったスープになります」


 鰻どんぶりに加え、味噌汁を出す。味噌汁といっても小さめのスープ皿に入っているので味噌汁らしさはないが。


「この香りは!」と国王だけでなく、王太子たちも驚きの声を上げる。


 一口食べたところで無言になった。

 見た感じでは成功のようだが、反応がないのも居心地が悪い。

 五分ほどで全員が食べきると、国王が「もう少し欲しいのだが」と言ってきた。


「もちろんございます。では少々お待ちください」


 そう言ってお代わりを用意しに厨房に戻っていった。

 結局、国王と王太子が三杯、王妃と王太子妃が二杯ずつ食べた。何となくこうなることを予想していたので、それまでの料理の量を少し抑えている。だから、満腹で苦しいということはないはずだ。


 最後にデザートとしてよく冷えたイチゴと洋梨を、スールジア魔導王国から取り寄せた緑茶と共に出し、俺の料理は終わった。


 全員がデザートを食べ終えたところで国王が内務卿のランジー伯に話しかけた。


「卿が言っておったことは本当であったな。これほど斬新で美味な料理は滅多にないと断言できる」


 そしてすぐに俺に視線を向け、


「卿の料理を余は気に入った。この料理を我が国に広めてくれぬか」


 そう言われても敬語が上手く使えず困惑する。


「は、はい……私にできる限りはさせていただきたいと思います……」


「うむ。ランジーよ。キタヤマ殿は王家の賓客として遇せよ。これほどの腕の持ち主を他国に奪われるわけにはいかぬからの」


「御意。では、今後も王国を挙げてキタヤマ殿を支援いたしましょう」


 その会話を聞き、不安になる。

 確かに今までなかった料理だが、素材や調味料の関係でそれほどよい出来とは思っていない。

 こちらの料理を参考にある程度満足できる味に仕上げたつもりだが、美食の都の主たちが本当に満足しているのか疑問があった。


 料理スキルという数字に幻惑されたか、他の貴族に奪われないだけのために無理に美味いと言っているのではないかと思ったのだ。

 そのことを思い切って聞いてみた。


「本当にご満足いただけたのでしょうか? 美食の都の主である陛下に満足いただけるほどのものとは思えませんので」


 俺の言葉に国王が目を丸くする。


「あれ以上のものが作れるというのか? 最後の鰻の蒲焼きなど今まで食した魚料理で一番であったと思っておるのだが」


「私も同じですわ。普段でしたらこれほどの量を食べることはできないのですけど、あなたの料理はあまりに美味しくて、いくらでも食べられると思ったほどです」


 王妃がそういうと王太子と王太子妃も同様に満足したと言ってきた。

 どうやら本当に満足してもらえたようだ。


「安堵しました。今回あえてお出ししなかった料理がいくつかございます。お好みに合わないかもしれませんが、次の機会にお出ししたいと思います」


「それはよい」と国王は満足げに頷いた。

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