土が崩れるように
「あ? 何見てんだよクソガキ」
「あ……だ、駄目だよ! クソガキなんて、言っちゃ!」
最近よく家にやってくる不良だ。何でも、兄に会いに来ているらしいが、彼がやっていることは床で寝そべるだけである。気になって仕方ないのだが、見ていると今のように睨まれるのだ。
まとはおどおどしながら続ける。
「そ、それに、学校行く時間だよ! サボっちゃ駄目だよ」
「あ?」
(怖い…でも、)
まとは真っ直ぐに不良を見て思った。
(彼は彼なりに事情があるのかもしれない)
土塀家は五人家族だが、長男のそのとが行方知らずになっている。黙って人差し指を当てて出て行ったそのとのことを、まとはずっと忘れられない。そして、今もどこかで待っているのだ。
そのともきっと何か事情があってのことだろう。安否は分からず不安だが、今も無事だと信じたい。それが、まとと、次男であるもう一人の兄の願いだ。
土塀家は世間知らずに近い、今時にしては珍しい純粋な心を持つ一家である。
肩に手を置かれ、まとが振り向くと、そこにはもう一人の兄がいた。
「いいんだよ、まと。彼は彼なりのペースがあるんだから」
「さと兄!」
「けっ、よーやくオニイサマのおでましかよ」
不良は頬杖をしながら言う。対して、さと兄ことさとやは優しい笑みをまとに向ける。
「ほら、まとは学校に行っておいで」
「うん。行ってきます!」
まとはさとやと不良に手を振り、学校に向かった。
「今日は仕事がある」
「
「おはよう」
席に着くと、友達の仄華がスマートフォンを見せながら話しかけてきた。まとが確認すると、画面には依頼の詳細が書いてある。
──魔物一体の掃除、及び処理。石黒仄華と土塀まとのコンビで行うこと。
「あー……」
まとは胸がざわついたが、無かったことにして頷く。
「ううん、頑張ろう!」
「……」
まとに仄華の視線が刺さる。まとはきょとんとして首を傾げた。
「どうしたの?」
「最近この案件が多くて、疲れてるのかと。笑わなくなったし」
「え……」
まとは頬に触れ、それから、気合いを入れようと両頬を強く叩く。
「……ったあ」
「阿呆?」
「アホじゃないよ!」
まとは仄華を見据えて言った。
「何でもないよ、大丈夫! 頑張ろうね」
笑わなくなった事実は、闇に葬り去られる。それが一番だとまとは思った。
まとが所属するコメットと言う統制団体は、異世界から日本へと魔物が訪れるようになってから立ち上げられ、対魔物から人々の手助けまで行っている。特に敵対する魔物の件は危険なものばかりで、コメットにしか処理はできない。一般人は通常避難のみとなる。
危険な仕事には対価があり、莫大な金や援助が一つだ。土塀は元々裕福な家庭ではなく、子供三人が話し合い、親を助けようと思う一心から所属した。
だが。
「……い……おい」
「えっ、あ、何!?」
「終わった」
まとは慌てて周りを見渡し、地面に転がる魔物の死骸を認める。そして、苦し気に目を細めたが、誤魔化すように首を横に振った。
(いい加減に慣れないと、仕事なんだし)
先ほど、魔物が殴られ血を吐きだした時にも胸が痛んだ気がしたが、どうだったか。
仄華が呆れたように言う。
「魔物の近くで考え事は、危ないからやめた方がいい」
「そうだね、ごめんなさい……」
まとは仄華に頭を下げてから、魔物に近付いた。
そして、手袋をはめ、あらかじめ用意していた布を巻く。できたら紐で縛り、荷台に乗せた。
まとは敵の死骸を運ぶのが仕事である。郵便配達などもあるが、メインは魔物の事だ。まとと帆夏は隠密に移動し、味方の車に死骸を引き渡した。
仕事を終え、戻ろうとした時だ。
仄華の体が突如吹き飛び、地面に打ち付けられて血を流す。
「え……」
目を見開いていると、背後から大きな影が差した。振り向くより早く、鋭い爪が振りかぶられ──
● ● ●
痛い。
● ● ●
「……」
目を開けると、病室だった。
「まと」
呼び掛けられ、視線を向けるとさとやがいる。
「さと兄、一体……」
「良かった、もう目覚めないかと……。仕事の帰りに襲撃に合ったんだけど、二人とも間一髪の所で助かったんだ」
「……ごめんなさい」
まとは起き上がろうとするが、背中に痛みが走り踞ってしまう。
「駄目だよ、安静にしていないと……。ここはコメットの病院だから、安心しておやすみ」
「……」
まとは視線をさ迷わせた。弱くなりそうな自分を、見られたくない。
「……まと」
「な、何?」
「仕事はもうやめた方がいい。お金なら僕が稼ぐから……」
兄の意見はごもっともだ。
しかし、まとは深く傷ついた顔をした。
(頑張ってきたのに)
まるで、いらないと言われたかのようだ。お前のやってきたことは無駄だと。心を殺してまでやってきた意味とは、なんだったのか。
まとの心を肯定するかのように、誰かの声が聞こえた。
「酷いお兄さんデスネ。カワイソウに」
「本村さん……」
近づいてきた彼が、まとのベッドに座る。
「まとさん、お仕事アリガトウございます、助かりマシタ。彼女も無事ですヨ」
彼女、と言われて仄華の存在を思い出す。無事ならなりよりだ。──それでも、どこかが痛む気がする。魔物にやられた傷だろうか。
さとやの焦ったような声が聞こえる。
「本村さん、酷いって……まとは怪我をしたんですよ!? 働いてなかったら普通の女の子ですよ! 僕や、そのと兄さんとは違うんです!」
(……ああ、思い出した)
まとの脳裏に家出したそのとの姿がよぎった。
元々は、長男が一人でコメットに所属していたのだ。そして、家族に迷惑がかからないようにと彼は出て行った。後を追う形で、二人もコメットへの所属を考えたのだ。
「やめたくない……」
まとが呟くと、手に何かを握られた。さとやの悲痛な声が聞こえる。
「なっ……本村さん!?」
かき消すように、本村の囁き声が耳の奥を撫でた。
「僕にゆだねてみてください、まとさん……貴方を助けてあげますよ」
銀色の刃を揺らめかせ──それ以降は、覚えていない。
● ● ●
「土塀まとが兄を刺した……?」
「その後行方知れず。でも、包丁なんてどこから出したんだろうな……」
● ● ●
血に染まった服を握りしめ、まとはぼんやりと景色を見ていた。自身が後部座席に座っているだけでも、勝手に前へ前へ進んでいく。
あの頃にはもう戻れない。大変なことをした気がするが、本村は全てを自分にゆだねていいと言っていた。
そのまま眠りに落ちて、何も見ないようにする。
だが、まとは夢を見た。
そのととさとや、二人の兄がまとに笑いかけている。まとも笑顔を見せ、幸せだった。
だが、二人の兄の背後に影が差し、魔物が爪を振り下ろす。──声も出ぬ間に二人は血にまみれた。
はっと目を開けた時には、車が止まっている。まとは冷や汗を流していて、誤魔化すように血まみれの袖で拭った。
顔に血が付く。
「着きましたよ」
本村がドアを開け、まとは降りる。そこには知らない屋敷が建ちそびえていた。
本村が入口のドアをノックすると、まとは中へと迎え入れられる。
「ようこそ、コメットの本当の敵──"イクリプス"へ」
土が崩れるように、心は崩壊した。
了
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