二人で一つ

「テメーの皮はよく剥けっかあ? 液、悲鳴、断面……オレにぶち晒せよ」


『おいガキい、何言ってんだよ! すいませんお兄さん、おれがちゃんとしつけておきますんで!』


 ピアスだらけの青年の後ろに、頭を下げている半透明の少女がいる。来客は目を点にして少女を見たが、青年は気付いていないかのように銃を向けた。


『やめろガキ、空砲なのにすーぐ脅そうとする!』


 空砲なのか、と来客は思う。


「何ぼーっとしてんだよ、やられてえのか? ああ?」


『おれがてめえを仕留めそうだよガキ』


 来客は少し迷い、少女に向かって口を開いた。


「うーん、やられるのも魅力的だけどね、あいにく俺にはやらなきゃいけないことがある。また来るよ」


 来客はウィンクをして去っていった。

 やれやれ、と二人の声が重なる。そして、見上げた先は、とある総合病院だ。

 二人はある病室を目指して歩いた。


 ──宇積咲弥うづみさくや


「よう、会いに来たぜ、姉ちゃん」


『けっ、片方しか血繋がってねえのによく言うぜ。今は化け子だっつうの』


 少女は半透明のまま、目の前にある自分の体に舌を出した。戻れなくなってから、もう半年は経っている。

 二人の父親は浮気性だ。結果、一年で二人の女性を身ごもらせてしまう。父親は二人共愛していたらしく、自分なりに悩んでから片方と結婚した。しかし、父親はもう一人の相手を忘れられなかった。それに気付いた妻の女性は、夜中にひっそりと離婚届にサインをして、一人出て行ってしまった。

 やがて、父親はもう一人の相手──咲弥の母親と再婚する。そうして血の繋がらないなぎという弟の元にやってきた。咲弥と薙は沢山喧嘩をしたが、その分だけ仲良しになる。まさしく、二人で一つのよう。時間さえ合えば、飽きることなく傍にいた。

 息も合う二人は、まるで双子のよう。同じ布団に包まりながら、彼等はお互いにしか分からない名前を生み出した。トランプの十一から、咲弥はジャックで、薙がネイプだ。

 咲弥も嬉しそうにしていたが、特にそれを大事にしていたのは薙で、彼にとってそれは絆だった。

 薙は咲弥のことが大好きだ。恋や家族愛といったものとは違う。より深い、想いを抱いている。反して、父親の事は大嫌い。とにかく酷い人で、時折義母に暴力をふるう。その度に、薙や咲弥とは違う、耳障りでしかない喧嘩が起きた。

 姉弟は黙って身を寄せ、事が終わるまで暇を潰す。薙にとって、咲弥は絶対的な存在になっていったという。

 咲弥が中学生三年生の頃に、父親が何の相談もせず、咲弥の進路先を華一女子高等学校に決めてしまう。コメットに所属し、危ない仕事を請け負うのが入学条件である学校だ。

 咲弥は怒ったが、それ以上に薙が切れ、初めて父親を殴った。父親が殴り返した為に、咲弥は庇い、華一女子高等学校に入学を決める。

 一年後、咲弥とは違い普通の高校に入った薙は、バイトの最初の給料でピアスをワンセット買った。それは、目に見える絆だ。片方は自分が身に付け、もう片方は咲弥にあげた。

 薙はあっさりとピアスホールを空けたが、咲弥は己の身体に傷をつけたくない。お守り袋を購入し、中にピアスを入れて持ち歩いた。

 たまにそれを取り出し、見つめてしまう。薙が買ってくれた事実を考えると、心が自然に和んだ。

 ある日の帰宅路に、学校の門を潜り、歩きながらそれを眺めていた咲弥は、遠くから友達に名を呼ばれ、ようやく距離ができてしまっていたことに気づいた。


『いいや、ショートカットだ』


 と、車のない道路に飛び出したその瞬間に、咲弥はピアスを落としてしまった。

 気づき、慌てて戻った刹那、曲がってきたトラックが勢いよく咲弥に迫り──意識が飛ぶ直前に、護らなきゃと思い、強く握ったのはお揃いのピアスだった。

 かくして、咲弥は意識不明の重体で入院し、化け子という幽霊として活動を始める。薙は治療費を稼ごうとどんな仕事でもこなしたが、一人では暴走しがちな為に、後ろで咲弥が度々ストップをかけるようになっていった。

 咲弥は薙と目が合わないが、意図的に合わせてくれていない気もする。時々気配を感じているそぶりを見せるが、何でもないかのように日常に戻るのだ。


「面白い子ですネ」


 同じ職場の本村詩という外国人が笑う。本村は以前から薙に話しかけていたが、本日は咲弥に視線が向いた。対して、咲弥は本気で怒っているかのように本村を睨みつける。


『オレにも薙にも近づくんじゃねえよ、変態が』


「おや、でも、依頼ガ……」


「んだよ、今日は何の依頼だ? 内臓ぶちまける気になったのかよ」


 とんでもない、と本村は笑い、薙の頭を情熱的に撫でた。


「貴方はワタシのオモチャでしょ? 莫大な金を渡す代わりに、って依頼したじゃないデスカ」


「……」


 黙り込む薙に、咲弥まで何も言えなくなる。咲弥は悔しそうに本村を睨みつけ、薙を守るように間をすり抜けていった。


『てめえに援助されても嬉しくねーよ。薙を返せ!』


 こんな事を言っても、姉思いの薙はやめてくれないだろう。

 咲弥がどうするかと眉を寄せていると、背後から声がする。振り返ると、先日の来客がいた。


「久しぶり、本村さん。でも、嫌がってるのを見ちゃったから見過ごせないな」


「おや……」


『あっ、おい! 助けろ!』


 来客は咲弥にウィンクをする。


「任せて。女の子の依頼は断らない主義なんだ」


「……」


 黙っている薙に来客は視線を寄越し、はっきりと言う。


「同じコメット所属だから人のこと言えないけどさ、仕事は選んだ方がいいぜ。お姉さん悲しむだろ?」


 薙は舌打ちをして、目を逸らした。


「うっせ、金が必要なんだよ。それとも、てめーが依頼して金寄越してくれるのかよ?」


「うーん……」


 来客は顎に手を当て、瞬き一つしてから言う。


「それはできない相談だけど、あんたお姉さんが嫌がってるの視えてんじゃん。泣かせる前にやめるべきだと思うけど?」


 な、と咲弥と薙の声が重なる。薙は慌てたように首を振った。


「適当こいてんじゃねえよ、あいつがこんな所にいる訳……」


「悪いけど、俺の目は誤魔化せないよ。あんたが一瞬見たの知ってんだぜ」


「……」


 黙ってしまった薙の肩に、来客は手を置く。それから、本村を睨みつけると、困ったように笑って言った。


「一度出直しマス」


 本村が去る。来客は二人を見て、笑って手を振った。


「俺も用事を思い出したから帰るぜ。じゃーな」


 取り残された二人は、静かに病室へと向かう。




「……どうすりゃいいんだよ」


『なあにが?』


「だって、咲弥が浮いてんだぜ? どうすりゃ良かったんだよ。んなの死んでるのと変わりねえだろ」


 ベッドの上の咲弥は、呼吸器に繋がれながら微塵も動かない。対して、空中の咲弥は元気そうに笑って言った。


『まだ死んでねえよ! 金ならオレも集めるから元気だしなって!』


「……まだとか縁起でもねえこと言ってんじゃねえ」


 薙は咲弥に手を伸ばし、手のひらを重ねる形で空中に固定する。触れられることはできないが、真似事はできるだろう。


「……消えんじゃねえぞ、馬鹿咲弥」


『消えねえよ、ガキが。オレのことも信じろっつーの。あいつ、本村? 殴ってやらねえと気が済まねえしな! あっ後親父も!』


 咲弥は手を握り返すように指を曲げた。薙はそれに応え、自分も同じようにする。

 姉弟の絆は切っても切れないものだろう。例え、血の繋がりがなくとも、片方が事故に遭ったとしても、幽霊になって傍にいるまでに、強いもので結ばれているのだ。



 了

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