第25話 流儀

 長い話をした。 

 ドゥーべが騙そうとしていた事。

 元の世界に戻る方法はおそらくない事。

 そして――元の世界では、久頭達は死んでいるであろう、という事を。


「話してくれてありがとう、久頭くん。でも……」


 宝木の目が輝いて見えるのは、涙を湛えているからだろうか。


「どうして真っ先に、私にこの話をしてくれたの?」


「ひとつは、魔人との戦いに参加するかどうか、この話を聞いてから決めて欲しいと思ったからだ。もうひとつの理由は……」


 言葉を切り、宝木に向き直ってから久頭は言葉を続ける。


「昨夜、話した事を覚えてるか」


「うん。昨日も、こんな風にテラスで話したよね。昨日もこんな風に、星が綺麗だった……」


 昨夜は久頭の部屋で今夜は宝木の部屋という違いはあるが、同じ様にテラスに出て、星空の下で話をしている。


「あの時、宝木は怖くないのかと俺に聞いた」


 久頭自身は恐怖を感じていない。最初から一度も。

 元の世界では死んでいる事を半ば確信している今に至っても、死んだ実感は無いし、そこに恐怖も感じない。

 しかし宝木は何かを恐れているようだった。


「その後すぐに、自分たちが死んでいるのかを聞いた。その質問を聞いて思ったんだ。宝木が恐れていることは、元の世界で俺達が既に死んでいることなんじゃないか、って。もっと正確に言えば……」


 久頭は感じない恐怖を宝木は感じている。

 久頭と宝木の違いは何か。

 それは元の世界に残してきたものの違い。


「元の世界で死んだ事で、残された家族が悲しんでいること……それを恐れてるんじゃないか、って」


 宝木は馬車の中でも家族の夢を見ているようだった。彼女が元の世界に残してきたものの中で、真っ先に意識に上るもの。それが家族だ。

 思えば彼女は、自分の事よりも他の人間の事を気にかけるような人間だ。彼女は親しい人間が死ねば、深く悲しむことができる人間だろう。彼女の家族もそうであると想像する事は容易い。

 実感の無い自分の死に恐怖は感じなくても、自分が死んだ時の家族の悲しみは具体的に想像できてしまっても不思議はない。


「……すごい、久頭くんって何でもわかっちゃうんだね」


 涙を拭い、笑顔で答える宝木の声はイヤに明るかった。


「それで真っ先に私に教えてくれたんだ……私が気にしてる事を。敵わないなあ、もう。私、久頭くんにはお世話になりっぱなしだよ」


「……俺の両親は殆ど仕事で家にいないような人達だった。俺が死んでたとして、悲しんでいるかもわからないし、想像もできない。だから、俺は本当の意味で宝木の気持ちをわかっているわけじゃない」


 あくまで今まで見た言動から推測しただけだ。今回はそれがたまたま当たっていた。


「良かったら聞かせてくれないか、宝木の家族の話を。それに……宝木自身のことも」


「……うん、ありがとう。じゃあまずは……お姉ちゃんの話からしようかな。お姉ちゃんは本当に優しくてね――」


 それからどれだけの時間が経っただろう。

 宝木の話が尽きることはなかった。

 姉のこと。母のこと。父のこと。家族で出かけた思い出。何気ない日常の一幕。最後に家を出る前に交わした会話。

 それら全てが、元の世界に残してきたもの。


「……私、こんなことになるなんて思ってもみなかった。修学旅行で楽しい思い出を作ろうって。それで、旅行が終わったらお土産を渡すんだって。そんなことばっかり考えてた……」


「……そうだな」


「でも……もう帰れないんだね、きっと」


「……ああ」


 宝木は何かを振り切るように首を振り、話題を変える。


「久頭くんは、これからどうするの?」


「まずは魔人と戦う。それは変わらない。奴らは危険だから」


「そっか……うん、決めた」


 納得したように頷き、宝木は言う。


「私も一緒に魔人と戦う」


「いいのか? 宝木の《不変》は大きな力になるとは思うが……」


「うん。久頭くんが戦うのは私達のためでもあるんでしょ? なのに私だけ戦わないで逃げるなんて、出来ないよ。私も……瑠牙りゅうがくんと一緒に戦いたい」


 強い意志の宿る宝木の瞳。それがきっと、彼女の本来の瞳。


「……だけど、ドゥーべは俺たちを嵌めていた。それは良いのか?」


「そんなの関係ないよ。お父さんはが良く言ってた。大事なのは人が自分に何をしたかじゃ無い、自分が人に何をするかだ、って。だから……私は私のしたい事をする」


 宝木はそう言って朗らかに笑う。


「そっか……そうだな。それが宝木の流儀なのか」


 眩しい彼女の表情を見て、久頭は確信した。


(彼女はこの先、きっと何があっても自分の優しさを、流儀を見失わない)


 しかしそれは決して簡単なことではないはずだ。

 嵌めようとする者、敵対する者。様々な障害が彼女達の行く道を阻むだろう。


(俺は彼女達と同じ流儀は選べない)


 自分には馴染まない性質だが……いや、自分には無いものだからこそ、彼女達の流儀に惹かれ、憧れるのかも知れない。


(それでも、障害を除いてやることくらいはできる。彼女達には出来ない事も、手を汚す事も、俺なら出来る)



 長い時間話し込んでいたからだろうか。

 いつの間にか空は白み始めている。

 夜明けが間近に迫っている証拠だ。それはこの異世界でも変わらない。



 久頭は述べる。

 この世界で生き抜く、その決意を。


「生きていこう、この異界せかいで。――俺達の流儀やりかたで」




(一章完)

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クズの異界流儀 数奇ニシロ @sukinishiro

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