第24話 答
くだらない話だった。
「私は先代の
彼は言っていた。封印はいずれ解ける。それまでに手を講じなければ、と。
「私は彼の方のようになりたかったのかも知れません。気がつけば研究所に入り、ひたすら魔人への対抗手段を研究していました」
あらゆる方法を模索したが、ドゥーべが最も力を入れて研究した対象は、権能だった。
寝食を忘れ研究に没頭した。生活の全てを、人生の全てを権能の研究に捧げた。
研究所所長になった後も、彼は研究に没頭し続けた。
全ては魔人に対抗するため。
だが。
彼の情熱に反して、研究では何の成果も得られ無かった。
「変化が生じたのはほんの数年前。魔人の復活を目前に控え、それでも何の成果も出ない研究に絶望していた頃です」
研究所所長の役目を後任に譲り、絶望のあまり自死すら考える日々。
発狂しては過去の資料をぶち撒け、正気に戻っては研究を続ける。
そんな日々。
その日は突然訪れた。
彼は雷に打たれたような衝撃と共に、自身が権能に目覚めたことを悟った。
「私の権能は《促成》。効果は『素質ある者の権能を強制的に目覚めさせる』とあります」
彼は歓喜に震えた。
この権能が有れば、きっと多くの人間の権能を目覚めさせることが出来る。
そして、魔人に対抗出来る、と。
彼の研究は結局成果が無かったが、別の形で意味のある事が出来る、と。
「ですが……現実は残酷でした」
彼はより多くの『素質のある者』と出会うため、一計を案じた。
国王と結託し、全国民の権能検査と称して『素質のある者』を探す事にしたのだ。
だが。
「数年を掛けて全国民を見て周り、出会えた『素質のある者』はたった一人。メラクだけでした」
彼は国王と協議の上で、メラクを秘密裏に匿う事にした。
《促成》で強力な権能である《転位》を目覚めさせる事には成功した。だが、その事は公表していない。危険だからだ。
魔人は暗殺も含めたあらゆる手段を狙ってくる連中だ。彼らの脅威となる権能持ちは、存在を知られただけで命が危ない。メラクの力は危険だが、ここぞと言うところで秘密裏にその力を振るわせる。それが権能持ちを無闇に消費せずに済む、一番効果的な運用の仕方だ。
ハイメは『魔人殺し』の英雄として権能持ちである事を公表している。国として団結して戦う為には、英雄は必要だ。彼は危険を承知で、その役目を引き受けている。
全国民の検査が終わると、ドゥーべは再び失意の日々にあった。
メラクという成果はあったが、それだけでは魔人に対抗する戦力は全く足りない。彼の《促成》ももはや使い道は無い。聞こえてくるのは魔人相手の苦戦の報ばかり。
もっと何か……何かないのか……。
そんな焦燥の中に飛び込んできたのが、
「私は、これが最後の機会だと思いました。何一つ満足に成し遂げることのできなかった私に与えられた唯一の機会なのだと。そんな風に……思ってしまった」
ドゥーべは早速メラクに連絡を取り、計画を伝えた。魔人のフリをメラクがすることで、
「彼は悩んでいましたが……結局は了解してくれました。彼は権能を持ちつつも表舞台で活躍できていないことを気に病んでいた。私はそこに付け込んだんだ……」
メラクの顔はほとんど知られていない。それに《転位》という見た目にわかりやすい権能もある。角さえつけてしまえば、
「この計画に気が付きそうなのは国王様とハイメくらいですが、国王様は病に伏せっています。ハイメは……私の企みに当然気が付いていたはずです。彼はメラクを知っています。秘密裏に稽古をつけている間柄でしたから」
久頭はあの時のハイメの反応を思い返す。彼は激しい怒りを表していた。今思えばその怒りは魔人の狼藉に向けたものではなく、独断で
「あとは……現研究所所長。彼も何か勘付いているかも知れません。頭の回る男だし、私のこともよく知っている」
所長は研究所のマスターキーを渡すなど、久頭に随分と特別な便宜を図ってくれた。その行為にはドゥーべの罪に対して謝罪する意味も込められていたのかも知れない。
「……そんな風にあなた方を騙そうとした。許されることではありません。だから、これは罰なのかも知れません。みすみす本物の魔人の侵入を許し、国王陛下の危険を招いた。しかも、メラクまでも失ってしまった……」
「……あんたの言い訳を聞きに来たわけじゃ無い。どんな事情も、俺達を騙して良い理由にはならない」
久頭がドゥーべに話に来たのは、明確な目的があったからだ。
「ドゥーべ、お前は既に一度俺達の信頼を裏切っている。これ以上嘘を重ねることはお前にも、この国にも利益にはならない。俺達が権能を持っている事を忘れるな」
これは明確な脅しだ。嘘を吐いたら承知しないぞ、という。
「それを踏まえた上で、これから言う俺の質問に答えろ」
「……かしこまりました」
「俺達は……
ドゥーべの顔が激しく歪む。その表情を見れば、答えは聞くまでもなかった。
「元の世界のあなた方は――死んでいます。帰る方法は、ありません」
「……それは、確かなのか」
「少なくとも、先代の
「その人は……」
「ええ。元の世界へは帰還できず、この世界でその生涯を終えました」
嘘では、ない。
ドゥーべが嘘をつく時の反応のパターンはもう把握している。
彼が今言った内容は全て本当の事だ。
久頭が怒りを顕にしてみせたのは、この質問に真実を答えさせるためだ。
今、元の世界に帰れないと嘘をつくメリットは、ドゥーべにはない。ただでさえ騙した事が発覚して、信用を失ったタイミングだ。さらに嘘を重ねた事がバレれば、まともな協力は望むべくもない。久頭達を戦争に参加させるというドゥーべの目的は果たされなくなる。本当にそんな方法があるならば、戦争への参加や戦争の終結を条件に教える、と取引を持ち出す方が賢明だ。
「……あんたの言葉をそのまま信じると思うか?」
ドゥーべは力なく首を横に振る。
ドゥーべの言葉が嘘でない事は確信がある。だが、彼が知らないだけで帰る方法がないと決まったわけではない。先代の
久頭はドゥーべが質問に何と答えようと、自分の手で情報を集めることは決めていた。ここは王城だ。この国の中でも最も多くの情報が集まる場所だ。それらを全て掠め取る。久頭にはもう、それを為すだけの力がある。
「俺は自分で帰還方法を探る。……どんな手を使ってでも」
口にした言葉とは裏腹に……先代の
♢
広間を後にした久頭は、ある部屋の扉をノックする。
「はい……って久頭くん、どこ行ってたの!? みんな心配して……」
扉を開けた宝木が驚きの声を上げる。
「宝木……大事な話がある」
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