第23話 クズ
扉を開き、広間に入る。
カツン、カツン。
やけに足音が響くのは、いつになくこの部屋が静かだからだろうか。
普段は大人数で使うこの広間も、今は二人の人間がいるだけだ。
「お待ちしておりました、クズ様。何でも私めに話があるとかで? おやおや、もうすっかり元気なようですね。魔人殺しの英雄が気絶から目覚めないと聞いた時にはどうなるものかと思いましたが、いやはやとにかく無事でよか――」
カツン。
「くだらない御託はやめろ。お前のおべんちゃらを聞きに来たわけじゃない」
久頭は立ち止まり、吐きすてる。
ただならぬ空気を感じ取ったのか、もう一人の薄っぺらい笑顔が渋面に変わる。
「……どうやら穏やかな話ではないようですね。一体何を……」
「よくも白々しくも言えたもんだ」
久頭は表面的には激しい口調で
(権能:《感知》――【
そして、決定的な一言を突きつける。
「お前、俺達を嵌(は)めただろ――ドゥーべ」
心拍数の増減。呼吸の変化。発汗の有無。
それら《感知》でモニターできるあらゆる情報が、ドゥーべの動揺具合を知らせてくれる。
「嵌める? 私めがあなた達をですか? 一体何のことだか……」
激しい動揺。
嘘。
「あの魔人はお前の仕込みだろ」
「誤解です。《虚飾》の魔人が攻め込んで来たのはまったくの想定外で、」
本当。
「違う。俺が言っているのは、そっちじゃない」
もう久頭にはドゥーべの言葉が本当なのか嘘なのか、手に取るようにわかる。
「最初に『謁見の間』に瞬間移動で現れた『魔人』。あれは――」
言い逃れはできない。
させるつもりもない。
問い詰めて、吐かせる。
そのために、言葉のナイフを突き刺していく。
「――
よくよく注意して見れば、ドゥーべの指先は震え出している。
もはや権能がなくても動揺していることは明らかだ。
それでも声までは震わせないのは、意地か、経験の差か、あるいは……もっと別の何かか。
「あの男が人間? 馬鹿な。確かに魔人は外見上、角以外は人間に見えますが……」
「はじめに違和感を覚えたのは彼の年齢だ」
ドゥーべの言葉を無視して、久頭は語り出す。
彼が《分析》で見た例の『魔人』のステータスはこうだった。
『NAME:メラク
AGE:18
権能:《転位》』
一目見た時から、久頭は彼の年齢に違和感があった。
若すぎるのだ。
「名はメラク。年齢は18。俺よりは年上だが……ま、若造だ」
「いつの間に《分析》を!? いや、誰も《分析》なんて持っていなかった……まさか、誰かの権能を《隠蔽》で!? いや、しかし条件が……それも虚偽報告か……?」
久頭の一言一言でドゥーべは激しく動揺している。
(《隠蔽》については既に報告が上がっているか……クラスメイトの誰かの《分析》を《隠蔽》していた。そう解釈するはずだ。それでいい)
久頭は《分析》が自分達の手札にあることを伝えずに話を進めることもできた。だが、あえて《分析》を誰かが使えることを匂わせた。そう匂わせることで……さらに他のクラスメイトの権能も隠している可能性が生じる。ドゥーべ達からしてみれば、久頭達の見えない手札が増える。わからない手札に疑心暗鬼になる。
(こいつらは一度、俺達を嵌めた。二度と嵌めようなんて思わないようにする。そのためには、出来るだけ俺達を脅威に感じさせる必要がある。下手に怒らせたら危険だと思わせる必要が)
ドゥーべの混乱を確認しながら、久頭は話を進める。
「しかし、魔人が若造というのはおかしい。あなたの話では、魔人とは神が創世と同時に造った生物だ。そして後から増えることもない。となれば、その年齢はこの世界の年齢と同じになるはずなんだ。二桁なんてことはありえない」
実際、ヴァニタスの年齢は七千を超えていた。そして魔人が後から増えていないことも、ヴァニタスに質問して確認している。となれば魔人の年齢は皆、ヴァニタスと同じく七千を超えているはずだ。
「一度疑ってしまえば話は単純だ。彼は魔人ではあり得ない。では、何か? 角をつけただけの人間ですよ」
そう、それだけの話だ。
「魔人は角を除けば人間と見た目では区別がつかない。ならば角を隠していれば人間に見せかけることもできる。逆に偽物の角をつけていれば、人間を魔人に見せかけることもできる」
前者をやったのがヴァニタスだ。彼は《虚飾》で他人の目を欺いていたが、宝木相手には角を隠すことで魔人であることを隠した。
後者をやったのが偽物の魔人、メラクだ。彼は角をつけただけで魔人を自称した。
「単純な手だが……十分に効果的だ。もう少しですっかり騙されるところだった。突然瞬間移動で現れる演出、王女を人質に取る真に迫った演技。それに……真っ先に彼を『魔人』と呼んだのもあなただ、ドゥーべさん」
口には出さないが、久頭が決定的に違和感を覚えたのはドゥーべの反応だった。
ドゥーべはメラクを『魔人』と呼んだ時だけ、心拍数や呼吸に乱れが発生していた。一方で、その後は王女が危険な状況であるにも関わらず、ほとんど動揺している様子がなかった。そんなドゥーべの様子から久頭は、メラクの襲撃がドゥーべの仕込みであり、『魔人』と呼んだ言葉は嘘であったために一瞬動揺していた、と気がついた。先程のやり取りでも、ドゥーべが嘘を言うときの反応を見て、あの時の反応と一致することを確認した。
もっとも、王女の動揺や恐怖は本物だった。彼女はあの襲撃について何も知らされていなかったに違いない。
思い返せば、あのメラクの出現は不可解な点が幾つもある。
なぜ彼は王城の中にああして現れたのか。彼自身は
なぜ彼はピンポイントで王女の背後に出現できたのか。部屋の中に彼はいなかったから、少なくとも部屋の外から丁度の場所を認識して出現する必要がある。《転位》の権能に出現先の様子を認識できる能力も含まれているとは、久頭には思えなかった。だが、元々メラクが王城の中を知り尽くしており、あらかじめ王女の座る椅子も知っていたんだとしたら、何も不思議はなくなる。
押し黙るドゥーべを前に、久頭は淡々と話を続ける。
「あなたは俺達に、メラクが魔人であると信じさせることに成功した。ここまではあんたの思惑通りだったが……その夜、
メラクの死亡は偶然の事故としか言いようのないものだった。本物の魔人であるヴァニタスにとっても、偽物の魔人メラクにとっても、お互いの接触は計画外のものだった。
「メラクの存在も、彼の《転位》もあなたは秘匿していたようですね。それがなぜかは一旦置いておきます。これは状況からの推測ですが……あのメラクが殺されていた『知恵の間』。あそこで頻繁に、あなたはメラクと落ち合っていたのでは?」
あの『知恵の間』は秘匿されている人間と密会するために、都合の良い部屋だ。入室を許されているのは国王、ハイメ、ドゥーべだけ。彼ら三人の間では、メラクの存在は知られていたのだろう。
「昨夜もあなた達は、『知恵の間』で会う予定があった。あの偽装襲撃の件で反省会でもするつもりだったんでしょう。いつもの様に瞬間移動でメラクはあの部屋に行き、あなたを待つつもりだった。しかし、想定外の人物がいた。それが本物の魔人、ヴァニタスです。もっとも、見た目はトゥレイスさんだったはずですが。彼にとってはメラクは見覚えのない、魔人を自称している正体不明の人物です。それがこっそり忍び込んだ部屋で、不意に目の前に突然出現した。思わず殺してしまうのも無理はありません」
その不意の接触が、結局はヴァニタスの計画を潰えさせる原因になった。
「マルコさんの死体が落ち合うはずだった部屋にある。本当はそれがメラクの死体だったわけだが……最初はわからなかった。だからあなたから見れば、メラクが失踪した様に見えたはずだ。あの部屋の状況だけ見れば、マルコさんと鉢合わせしたメラクが彼を殺害、その後動揺のあまり失踪した……そんな風に考えても仕方ない。だからあの時、あなたは酷く動揺していましたね」
犯人が魔人である、と一杉が推測した時は特に動揺が激しかった。あの時ドゥーべはメラクが殺人を犯してしまったのではないかと、それを心配していた。
実際には、遺体の状況からしてメラクの犯行ではあり得ない。メラクは魔人を自称していただけで、魔人の膂力はない。だから頭を変形させたり、喉を引きちぎったりは出来ない。だが状況だけ見れば、咄嗟にメラクの犯行だと推測してしまうドゥーべの心情もまた、無理のないものだった。
「思い返せば……王女が危機に晒され、その晩の内に国王の襲撃と思われる重大事件まで起きている割りに、あなた達の反応は鈍かった。王女の襲撃は仕込みであり、マルコの殺人もメラクによるもので、国王に仇なすものではないと思っていたからでしょうね。メラクはあなた達にとってみれば秘匿対象ではあっても侵入者ではない。警備を掻い潜って本物の魔人がひっそり侵入しているなどとは、思ってもみなかったのでしょう。実に危ないところでしたよ」
ヴァニタスの計画、メラクの秘匿と魔人への偽装。それらが絡まり合うことで、一見すると状況は酷く混乱したものになった。
「後の展開は知っての通りです。メラクは実は既に死んでおり、ヴァニタスも俺が殺した」
「……見事な推理だ」
長く押し黙っていたドゥーべがようやく重い口を開く。
「用意周到に魔人をも殺して見せた君のことだ。証拠も完璧に用意している、そうだろ?」
「ええ。研究所所長……ああ、今の所長です。彼にメラクの死体を分析してもらった。分析結果は……メラクは間違いなく人間、だそうだ」
最初に研究所を訪れた時、所長は言っていた。「魔人は人間とは細胞レベルで違う」と。「組織サンプルがあれば判別できる」と。
だから久頭はヴァニタスとの戦いに挑む前に、所長に分析を依頼しておいた。メラクの死体から組織サンプルを取り、人間か魔人かを判別してほしいと。
「流石だ。なるほど……彼か。彼は実に優秀な後輩だ。私が所長だった頃の何十倍もの成果を出している。君も彼の作った毒ガスを使って、魔人殺しを成し遂げた」
元から如何にも老人といった風貌のドゥーべだが、今や更に十も二十も歳を取ったかの様だ。
顔は苦渋に満ち溢れ、背も一回り縮んだ様にすら見える。
「そこまでわかっているなら……何を聞きに来た? 謝罪か、あるいは目的か……」
「目的はわかりきっている。あなたは何としてでも、俺達
ドゥーべの選択は合理的だ。だからこそ、久頭にはドゥーべの目的は手に取るようにわかった。久頭が同じ立場なら、きっと同じことをしただろう。
だが――。
「あんたは――クズだ。これがあんたらの……この異界(せかい)の流儀(やりかた)なのか」
宝木達が、自分の意思で戦いに参加するならそれで良い。
だが……騙して、嵌めて、無理矢理に戦わせる。何も知らない、異世界から来た子供を、自分達の都合で。
こいつらがしようとしていた事は、そういう事だ。
ドゥーべの選択は彼の都合から言えば合理的ではある。だが、陥れる相手の事情は一切考慮していない、冷徹とさえ言える流儀(やりかた)だ。
久頭はこの世界のことをまだよく知らない。だからドゥーべの流儀がこの世界で普通のものなのかどうかもわからない。もしこの世界では普通の流儀なのだとしたら……久頭にとっては、それでも都合が悪いことではない。彼には理解しやすい流儀だからだ。
だが、と久頭は思う。宝木達にとってはどうだろうか。今まであまり話したことの無かった久頭の事をも本気で心配する宝木。大して知りもしない人間の死を本気で悼み、回復させようとする元世。きっと、彼女達はあまりにも優しすぎる。そんな彼女達はこの冷酷な世界で、どのような流儀で生きればいいのだろうか。
「……君の言う通り、私はクズだ。本当に申し訳ない。今回の件は、謝罪しても仕切れない。許してもらえるとも思っていない。だが、私の言えたことでは無いが……どうか誤解しないで欲しい。決してこんなやり方は我々の総意では無い。私の……独断先行なんだ」
ドゥーべは膝を床につき、力無く言葉を繋ぐ。
「どこから話したものか……少し、昔話をさせて下さい」
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