第22話 魔人殺し

 目を開けるとそこは白い部屋だった。


「ここは……」


 病室、だろうか。

 いつの間にやらベッドに運ばれていたらしい。

 久頭は横たわった姿勢から身を起こし、辺りを見渡す。


「ん……久頭、くん?」


 宝木が顔を上げながら呟く。

 寝ていたらしく、完全に寝ぼけまなこだ。

 彼女はベッドの横にある椅子に座り、先程までベッドに突っ伏す姿勢でうたた寝をしていた。


「悪いな。起こしちゃったか?」


「久頭……くん!? 目が覚めたの!?」


 飛び起きると両手で久頭の頬にペタペタと触れ、グイッと顔を近づける。


「大丈夫なの!? あんなに血塗れで倒れてて、ずっと気絶してて、それで……死なないって言ったのに!」


 動揺しているのか宝木の言葉は殆ど支離滅裂だ。

 涙目になっている彼女に強く言い返す気にもならず、控えめな声で答える。


「……死んでないだろ、ちゃんと」


「なーにが『ちゃんと』、よ。わたしの《回復》が無かったら危なかったんだから。それに、優人くんの《強化》もね」


「言われた通りに聴覚を《強化》しておいて正解だったよ。おかげで作戦終了の合図を聴いて、すぐに部屋に踏み込めた。医者によると、少しでも遅れてたら失血死の可能性もあったそうだよ。その様子だと……無事みたいだけどね」


 ちょうど部屋に入って来ていた元世と一杉が会話に参加する。


「そうか……それは助かった、ありがとう。保険のつもりで頼んでおいたことが役に立ったな」


「別に構わないよ。《強化》を維持する方が大変だったくらいだ。自分の聴覚と瑠牙の身体能力の二重発動だったからね」


「わたし達より、りっちゃんに感謝しときなさいよ? クーくんが気絶している間、徹夜で看病してたんだから」


「そうなのか? ……いやまて、そんなに長い間気絶してたのか、俺は?」


「殆ど丸一日気絶してたんだよ? みーちゃんが治してくれたから、身体的には問題無いってお医者様はおっしゃってたけど。でも、このまま目が覚めなかったらって、そう思ったら私、怖くなって……」


「それは……心配かけたみたいだな。悪い、ありがとう」


「ううん、ごめん、動揺しちゃって。私達こそ、お礼を言わせて。戦ってくれて……それ以上に、生きててくれて、良かった。ありがとう、久頭くん」


 涙を拭いながら宝木が微笑む。

 そこでハッと気が付いてこう言う。


「そうだ、お腹空いてない? 丸一日気絶してたんだから、まずはたくさん食べないと!」


「言われてみれば……アダラさん、お願いできますか?」


「はい、すぐにお持ちします」





 食事を食べ終わった頃、ハイメが見舞いに来た。


「おお、これはこれは。無事に目が覚めたか、クズ君」


「こんばんは、ハイメさん。さっき目が覚めたところです」


「それは良かった! 皆、君が目を覚すのを今か今かと待ちわびていたよ。なんせ君は、人類の新しい英雄だ!」


「……英雄?」


「そう、英雄だ。なんせ君は『魔人殺し』を成し遂げた。これは歴史上、私と君しかなし得ていない偉業だ」


 久頭は静かに首を横に振る。謙遜するつもりはないが、彼は勇敢な英雄とは程遠い。


「……今回はたまたま条件が良かっただけです。策と権能が上手く状況に嵌った」


「それでも、決して偶然ではない。多くの人間が力の限り、勇敢に魔人と戦い、しかし『魔人殺し』をなし得ずに死んでいった」


 ハイメの声は重い。多くの戦場で多くの戦友を失った。彼らも皆、魔人殺しを志していた。


「誰にでも出来ることでは無い。微かな勝機を見出し、それを手繰り寄せる強靭な英雄の資質。君はそれを備えていることを、確かに証明して見せた」


 ふっと息を吐き、ハイメは問いかける。


「それで、君はこれからどうするんだい?」


「……戦います。魔人を、一人残らず殺します」


 リスクを承知で魔人との会話に臨んだ成果はあった。ヴァニタスの言葉で、魔人相手には交渉の余地は無いことがはっきりした。人類と魔人の戦いは避けられない。殺し合う関係である以上は、権能持ちは魔人にとっての最優先排除目標だ。久頭も宝木達も、戦いと無縁でいられる可能性は低い。

 特に危険なのは宝木だ。彼女の《不変》は多くの権能の天敵になり得る。


(それに、俺達越境者ジャンパーの存在は既に魔人達に知られている可能性が高い。ヴァニタスは生前に何らかの連絡を行なっていたはずだ)


 で、あれば。魔人に殺される前に、魔人を殺し尽くすしか方法は無い。


「……私が警告するまでも無く、状況は理解しているようだね。歓迎するよ、クズ君。でもまずは、ゆっくりと体調を整えなさい」


「はい、ありがとうございます、ハイメさん」


「邪魔したね、失礼するよ」


 ハイメはそう言って、部屋を後にした。





「……久頭くんは、これからも戦うつもりなの?」


 ハイメが部屋を出ると、宝木がポツリと呟いた。


「……ああ、戦う。止めるか?」


「……ううん。久頭くんは理由もなくそんな事をする人じゃない。それくらいの事は、もう私にもわかるよ。だからきっと、久頭くんは止めても止まらない」


「……そうだな」


「だから止めはしない。でも私も一緒に――」


「待ってくれ。それを決めるのは、もう一つの真実を知ってからでも遅くは無い」


 久頭は宝木の言葉を遮り、一杉の方に目を向ける。


「優人、所長に頼んだ依頼の結果は出ているか?」


「もちろん。今朝、所長がわざわざ伝えに来てくれたよ。結果は……瑠牙の予想通りだった。間違いないそうだよ」


「そうか……」


 少し考えた後、久頭はベッドから起き上がろうとする。


「ちょっと久頭くん!? 何で起き上がってるの、そんな急いで動かなくても!」


「りっちゃんの言う通りだよ。いくら身体的に問題無いとは言っても、さっきまで気絶してたんだし……」


 女子二人は止めようとする。一方で事前に何か聞いていたのだろう、一杉は驚く様子もない。


「行くのかい、瑠牙」


「ああ」


 頷く久頭の目に迷いは無い。


「真実を……確かめてくる」

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