第20話 __ VS □□(前編)
《虚飾》の魔人ヴァニタスの目から見れば、久頭が自分を指差し、指を曲げたようにしか見えなかった。しかし彼は直感に従い、とっさに両腕で顔を庇った。
結果的にその行動は正しかった。直後、腕を穿つ銃弾の感触。腕で庇っていなければ確実に眉間を貫いていただろうコースだ。何より不可解なのは、彼の手に銃が見えなかった事。
「――姿を隠す権能か!」
ヴァニタスが推測した通り、久頭は話を始める前から《隠蔽》をかけた拳銃を手に持っていた。不可視の拳銃による不意打ちを狙った久頭だが、その策は歴戦の魔人の勘によって阻まれた。
すかさずヴァニタスは、腕で顔を庇う姿勢のまま久頭に向かって突っ込む。
「……ちっ!」
久頭は後退しながら左手にも銃を持ち、両手でヴァニタスに撃ち続ける。銃弾は全弾命中し、腕に食い込み、肉を突き破り、血を吹き出させる。
(ダメージは与えている……だが浅い!)
急所を庇われている状態では、致命傷には程遠い傷しか与えられていない。しかも僅かな時間で傷は再生を始め、みるみる小さくなっていく。
「面白い権能ですが、不意打ち以外では効果が無い!」
叫びながら久頭に肉薄したヴァニタスが目にも留まらぬ速さで腕を振るう。
人間の速さでは避けきれない、確実に喉笛を掻き切る――そんなヴァニタスの予想を裏切り、久頭は脅威的なスピードで跳び退き、その攻撃を避ける。
「むっ、意外と速いですねえ。ならば!」
ヴァニタスが高速で追いすがり、いつの間にか手していたナイフを振りかぶり――。
(――ナイフ?)
身をよじり、躱そうとした刹那。
致命的な違和感。
久頭の《感知》はヴァニタスが持つ得物の風切り音も正確に捉えている。
(違う、これは――!)
完全な回避は間に合わない。咄嗟に両腕を顔の前で交差させ、頭部を庇う。
次の瞬間。
肉を切り裂く感触、腕に感じる衝撃。
「くっ!」
衝撃のままに後方に吹き飛ばされ、転がる。
「ほう、よく庇いましたね。初見でこれを見破られるの初めてですよ」
ヴァニタスが持っている得物は久頭の目にはやはりナイフにしか見えない。
(《虚飾》で剣をナイフに見せかけているのか。見た目とリーチが全然違う……!)
《感知》で聞こえる風切り音がナイフの長さと全然合わないこと。それに気が付かなければ今の一撃で絶命しかねなかった。
ヴァニタスが事前に自身への《虚飾》を解いたのはこのためだった。《虚飾》のリソースを戦闘用に振るため、そしてもう《虚飾》を使っていないと相手に錯覚させ不意を打つため。圧倒的な戦闘能力を誇る魔人だが、その戦闘姿勢は手加減とは無縁だ。常に全力で人間を殺す、彼らはそういう生物だからだ。そのためにはこのような小細工も躊躇なく弄する。
久頭は考える。腕は斬られたが、銃を撃てない程ではない。致命傷は避けた。まだ最悪ではない。
何より……予定位置に誘導することは成功した。
「あんたの権能は偽る権能。それがあんたの戦い方だ。だが、俺の権能は――」
ぶちぶちっ。
何かが切れる音。
「――隠す権能だ」
その瞬間、ヴァニタスは感じる。四方八方から高速で迫り来る不可視の何かの気配を。
それは久頭が事前に仕掛けておいたボウガンの矢だ。ワイヤーを切れば発射されるよう仕込んである。対象を目的位置に誘導し、銃でワイヤーを撃ちぬけば四方八方から《隠蔽》されたボウガンの矢が迫る。
「罠か……だが甘い!」
ヴァニタスは気配だけを頼りに高速で切り払う。いくつかは彼に命中するが、これも致命傷には程遠い。
(想定内だ、この罠は二段階)
ボウガンは囮。久頭の本命は――上。
ヴァニタスの上方には天井から切り離され、迫りくる大きなシャンデリア。
その下部にはビッシリと下向きに付けられた短剣。
ボウガンの対処に気を取られたヴァニタスにはもうそれを避ける時間はない。
凄まじいスピードで落下したその即席処刑装置は――ヴァニタスを刺し貫き、轟音と共に押し潰した。
「はあ……はあ……」
久頭は息苦しそうに肩で息をしながら、リロードを行う。
(やはり一杉に《強化》をかけてもらって正解だった。これがなければまず間違いなく死んでいた。一杉なら《強化》があれば接近戦でもやりあえるんだろうが……)
久頭には戦闘の心得はほとんど無い。接近されればそれだけ死に近づく。銃でできるだけ牽制し、罠にかけ、距離を取るしかない。ただし、それほど準備時間があったわけでもない。仕掛けられる罠にも限りがある。
(まだ死なないか……化物め)
久頭は《感知》でずっとヴァニタスのバイタルサインをモニターしている。はっきりと聞こえる鼓動は、今もヴァニタスが死んでいない事を如実に伝えていた。
「……くくく、流石に驚きましたよ。やはり君は面白い」
シャンデリアをバキバキと壊しながらおしのけ、ヴァニタスは平然と立ち上がった。
体には何本もの剣が突き刺さり、至る所から流血している。しかし、彼はそれを気にする様子もない。
「どうやら本気で私に勝つつもりでいたようですね。でも、今のがとっておきの罠だったはずです。そろそろ諦める気になりましたかね?」
「……俺は諦めってモノを知らなくてね。悪いがその期待には沿えそうもない」
「なるほど……では、死ぬその瞬間まで楽しめそうです!」
叫びながらヴァニタスは久頭の方へ襲いかかる。
すかさず久頭が《隠蔽》した銃で迎え撃つが、ヴァニタスは不可視のはずの弾丸を切り払って見せる。
(……! 手の位置だけで銃弾の軌道を予測しているのか!?)
正確な狙いは《必中》任せだが、半ば無意識のうちに銃口はほとんど狙いの位置に向けられている。自然、手の位置も狙いに応じたポジションになってしまっていた。
「もう手品は終わりですかあ!?」
奇声を発しながら振るわれる剣。久頭は必死で回避を試みるが、完全には避けきれず徐々に傷が増えていく。
(少しでも動きを早く捉える……! 権能:《感知》――【
《感知》でヴァニタスの筋肉の収縮音を聴き、肉眼よりも早く動きの『起こり』を捉える。
これによってより早く攻撃の軌道を予測し……僅かに回避に余裕が生まれる。
さらに。
(手の位置で銃弾の軌道を予測するなら……権能:《隠蔽》――【
《隠蔽》の追加起動。これにより銃のみならず彼の肩から先、腕全体が見えなくなる。
「むっ!?」
咄嗟にヴァニタスは両腕で顔を覆う。手を隠されたことにより銃弾の軌道が予測できなくなり、急所を隠す必要が生じたからだ。
しかし予想とは裏腹に銃弾は飛んで来ない。
一瞬後、彼は腕の隙間から久頭の様子を伺おうとし……。
その視界は閃光に焼かれた。
「……どうやら
「わかりませんねえ。本当にわからない」
ヴァニタスの視界は
ヴァニタスには久頭の思考が理解できなかった。
「こんなものは時間稼ぎにしかならない。視界を奪った隙に追撃するならまだしも、それもない。かといって、打つ手がなくなり絶望している様子でもない。君は一体何を考えて……うっ!?」
話している途中で不意にヴァニタスは崩れ落ち、膝を折る。
「なっ、何が起きて……!?」
ヴァニタスはそのまま四つん這いにまで崩れ落ちる。それでも体を支えきれなくなり、遂には床に這いつくばり出し、やがてビクビクと痙攣まで始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます