第17話 不変
「俺は死体を見に行きます。宝木も来てくれるか?」
「えっ! いいけど……?」
「では、死体の場所まで案内しましょう」
「いいえ、ハイメさん。場所は知ってます。見に行くのは――最初の死体ですから」
久頭は微笑みながらそう言った。
♢
「ちょっと、クーくん! 少しは説明してよ!」
最初の死体がある部屋に向かう途中、元世が久頭に詰め寄る。
「どうしてマルコさんの死体を見に行くの? それも新しい死体が見つかった途端に!」
「そう焦らずとも、見ればわかる」
「何か考えがあるんだね? 瑠牙」
一杉も興味深そうな顔で質問しだす。
「ああ。俺の予想が正しければな」
そうこう話しながら歩くうちに、一同は死体のある部屋に辿り着いた。
久頭は部屋のドアを開けながら聞く。
「さあこれが……何に見える?」
元世達は死体を改めて見ても困惑するだけだ。
「何って……マルコさんの死体だよ?」
「今朝見た時と特に変化は無いようだけど……」
しかし、久頭がその質問をしたかった相手はただ一人。
その唯一の相手――宝木は死体を目にした途端、顔を真っ青にしていた。
「みんな……何を言っているの……!?」
宝木の声は悲鳴の様に裏返る。
思わず、といった感じで一歩後ずさる。
「マルコさんの死体? 違う、その人じゃない……! これは、そんなものじゃない!」
しかし後ずさったのはたった一歩だ。
奥歯を噛み、拳を握り締め、彼女は前に、死体に向かって踏み出す。
「だってこれは……!」
そして彼女の手が死体に触れた、その瞬間――劇的な変化が現れた。
「えっ!?」
「これは……!」
「……何ということだ」
彼女が触れている死体の顔は、触れる前の顔とは似ても似つかない顏になっている。
それは昨夜、『謁見の間』に突如として現れ、王女を捕らえていた男の顔だ。
そして何より……その額から生えている曲がりくねった角。
「これは……魔人の死体だよ!」
宝木の叫びが部屋中に響きわたった。
♢
「間違いない、昨夜の『魔人』だ。脈は……当然無いな」
久頭は脈を測るふりをしながら、死体の手首に触れる。
(やっぱり死んでからでは《接収》で権能を奪う事はできないか。《分析》のステータスも成分しか出せないしな)
久頭は昨夜の『魔人』から出来れば《転位》の権能を奪いたかった。《接収》の発動条件を満たすために死体に触れてみたが、これは不発に終わった。権能を持っているのはあくまで生きている対象、と言う事らしい。
改めて死体の様子を眺める。顔と衣装はマルコのように見えていた時から変わっているが、その他の状態は同じだ。つまり、頭には掴まれた後があり、目は見開き口は開き、喉は引きちぎられている。衣装は兵士の衣装から、昨夜見たラフなシャツとズボンに変わっている。
「えーっと、つまり……どう言う事なの?」
一呼吸置き、少し冷静になった元世が久頭に問いかける。
「見たまんまだよ。宝木の権能は知っているか?」
「うん知ってるよ。えーっと、たしか……」
「私の権能は《不変》。説明には『自身および自身に接触している対象はあらゆる事象改変の影響を受けない』って書いてある」
「そうそう。昨日りっちゃんに聞いたけど……正直、よく意味がわからなかったんだよね」
「別に難しく考えなくてもいい。つまり『権能』を無効化できるって事だ」
宝木は自身の権能について昨夜ドゥーべに説明していた。だから久頭が権能の効果を知っていても不自然ではない。もっとも、久頭は《接収》や《分析》を宝木に対して発動できない時点で、ある程度《不変》の効果を推察できていた。
「そして今、宝木が触れた事で《不変》の効果はこの死体にも及んだ。つまり、死体に影響を及ぼしていた『権能』の効果が消えたって事だ」
「……なるほど。つまり、死体にはもともと何らかの『権能』の影響下にあった。だから僕達にはマルコさんの死体に見えていた。しかし今、宝木さんのおかげで『権能』の効果が消えて、本来の死体の姿が見えるようになった」
一杉が考えながら話をまとめる。
「つっ、つまり、ここにあったのは最初から魔人の死体だったって事!?」
元世がまた驚きの声を上げる。
「そうだ。そしてその死体には見た目を変える『権能』がかかっていた。正確には見る側の認識を歪めて別の物に見せる『権能』だろうな。権能の名前は、そうだな……《偽装》とか《虚飾》とか、そんなところだろうな」
「……でも、私だけは《不変》の効果で最初から魔人の死体に見えた。久頭くんにはこうなる事がわかっていたから、私もここに来る必要があったんだ……」
宝木の呟きに久頭は頷く。
久頭の《隠蔽》も宝木には効果を発揮しなかった。死体を別の姿に見せる権能も、同様に宝木は無効化できるだろうと久頭は予想できていた。
「……利用したようですまない。確かめるにはこれしか方法が浮かばなかった」
「えっ!? ううん、全然あやまんなくていいよ! おかげで役に立てたんだし!」
「……なーんか、クーくんってりっちゃんには優しくない?」
そこで、しばらく静かに考えていた一杉が口を開く。
「つまり、死体に何らかの『権能』がかけてある事が予想できた、って事だよね。瑠牙はなぜわかったんだい?」
「二体目の死体が見つかったからだ」
久頭は順を追って一杉の疑問に答える。
「優人も疑問に思っていただろ? 城の中で行方不明の人間はマルコさんしかいないのに、死体は二体見つかった。と、なれば二体目の死体は誰なのか? 他に城の中にいる可能性があって、生存確認が出来ていない候補……つまり、昨夜の『魔人』しかいない」
「他に警備を掻い潜って城に潜り込んだ侵入者がいる可能性も無くは無いけど、既に侵入した実績のある魔人の方が可能性は高い……か。いずれにしても、城に侵入するのは特殊な権能でも無ければ難しそうでしね」
「ねえ、何でそれで一体目の死体に権能がかかっているって話になるの? 一体目がマルコさんなんだから、二体目が魔人だ、って思うんじゃないの?」
「二体目の死体の様子を聞くと、そうは思えなかった」
元世の疑問はもっともだ。久頭は続ける。
「二体目の死体は兵士の格好をしていた、そうですねハイメさん? 昨夜見た『魔人』は兵士の格好ではなかったし、するはずがない。死体に角があれば必ず報告に含まれるはずだが、それもない。ここまでの情報だと、『魔人』の死体とは思えないだろ?」
「う、うーん。確かに」
「一体目の死体もマルコさん。二体目の死体も兵士の死体……つまり魔人よりマルコさんの死体に思える。でも実際にはどちらかは魔人の死体のはず、だね」
一杉の言葉に、久頭はひとつ頷いて更に続ける。
「どちらかの死体がマルコさんの死体に見えるように偽装されている、と考えれば辻褄が合う。そして……二体目の死体は隠されるように置かれていた。犯人は本来、二体目の死体は見つかって欲しくなかったんだ。つまり、こちらの死体が偽装されている可能性は低い。見つからない物をわざわざ偽装する意味がないからな」
「と、なれば一体目の死体が偽装されていると考えるのが自然だね。でも一体目の死体は僕達が実物を確かめている。とても昨夜の魔人の死体には見えなかった。だから……『権能』の出番、と言うわけだ」
「そう言う事だ。一体目の死体は『権能』でマルコさんの死体に見せかけた『魔人』の死体。二体目の死体は隠されたマルコさんの死体。そう考えれば辻褄は合う」
「二体目の死体の顔が切り刻まれていたのは、万が一に見つかってしまった時に一体目の死体と同じ顔だと矛盾してしまうから、かな?」
一杉の言葉に久頭が頷いたところで、宝木が俯いたまま口を開く。
「久頭くん……でも、それだとますますわからないよ。何で魔人の死体をマルコさんに見せかけたの? 何でマルコさんも殺したの? それにそもそも――」
わけがわからない。
そう書いてあるかのような表情の宝木が顔を上げて、問う。
「――誰が魔人を殺したの?」
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