第16話 引金

「優人も拳銃を使うのか?」


 研究所に向かう道中、久頭は一杉に話しかける。


「拳銃と剣をもらったんだ。拳銃の方は正直言って権能との相性は微妙だけどね」


「そうなのか?」


「あっ、僕の権能は話してないっけ? 僕の権能は《強化》。説明は『対象を強化する』と書いてあるだけだけど、色々使えそうな権能だ」


「それなら銃弾や剣も《強化》すればいいだろ? 特に相性悪いようには思えないが」


「ところがそうもいかない。まずは自分の身体能力を《強化》したいからね。そうすると、同時に武器までは強化できないんだ。剣は強化した身体能力で斬りかかることができる。けど、銃の方は身体能力への《強化》を銃弾の《強化》に切り替える必要がある。もちろん銃弾はそのままの威力で使うって方法もあるけど、比較的相性は悪いだろ?」


「……権能は同時に2つの対象に発動できないのか?」


「どうもそうみたいなんだ。右を見ながら同時に左を見る、みたいな感じかな。試してみてはいるんだけど、どうにも出来そうになくってね」


「……」


 一杉の言葉に久頭は一瞬、沈黙する。


(権能の同時発動はできる。現に俺は出来ている。方法を伝えれば一杉ならできるようになるだろう。しかし、伝えるべきだろうか?)


 久頭の脳裏によぎる逡巡。しかし不自然にならないよう、瞬時に決断を下す。


(優人はいつか俺と敵対する可能性がある。それを考えれば下手に戦力を伸ばすべきではないが……今は彼の力が必要だ。それに、今のままの実力でも正面切って敵対するべき相手ではない。出し惜しみ無しに伝えることにしよう。)


「……俺は権能を持っていないが、権能を2つ以上の対象に同時発動する方法は推測できる」


 『権能を持っていない』なんてのは見え透いた嘘だ。しかし、一杉は久頭が《隠蔽》を隠して話していると思ってくれるはずだ。

 一杉はニコニコと聞き返す。


「えっそれは本当かい? 是非教えて欲しいな。2つ以上使えれば、かなり出来ることの幅が広がるからね」


「VRで並行作業マルチタスクはやった事がないか? 複数の空間に同時にダイブするやつだ。あれと同じ要領でできると思うんだが」


「いや、そんなことができたのかい? 聞いたこともないな」


「まあそうか。あれはネットの一部界隈で裏技的に伝えられてただけだからな。知らなくても無理はない。やり方としては……そうだな、意識を分割するイメージだ。右を向きながら左を向くことはできない。でも、右手と左手で別のことをする事はできるだろ? まずはそんなイメージでやってみるといい」


「なるほど、意識の分割……」


「コツさえ掴めば2つくらいは誰でもすぐできるはずだ。3つ以上は慣れと訓練と……適正次第だな。ドラマーは右手と左手と足で別のリズムを刻めるだろ? あんな感じだ」


 ふんふん、と頷いて聞いていた一杉が満面の笑みで答える。


「なるほどね。まだ安定しないけど、二重発動は出来たよ。ありがとう、瑠牙」


 それを聞いた久頭は内心で引いていた。


(おいおい、話を聞きながら試してたな、こいつ。しかも今の説明だけで出来るようになったのか? 俺は最初はかなり苦戦したもんだが……これだから天才は)


 しかしそんな内心はおくびにも出さず明るく応じる。


「せっかく射撃してみるんだ、二重発動を意識してやってみたらどうだ? ちょうどいい練習になるだろ?」


「なるほど、いい案だね。安定して二重発動できるまで撃ってみるよ」


「ははは……」


 爽やかに言う一杉に、久頭は笑うしかなかった。


(安定発動なんて普通は一週間以上かかる技術だ。しかし優人なら本当に数時間で出来そうだ)


 出来れば敵には回したくない男だ、と久頭は冷や汗をかきながら思った。





 引金ひきがねを引く。


 減音器サプレッサーで抑えられた僅かな射撃音。

 その空気が抜けるような音。


 その音が射撃場に響く頃には銃弾は的の中心を貫いている。


(命中。《必中》を使っているから当然だが。そろそろ反動にも慣れてきたか。)


 久頭が使っているのは9mm弾だ。拳銃弾としては元の世界でも一般的な物であり、反動が特別大きい種類ではない。しかし、久頭は最初に撃った時、腕が痺れるような感覚があった。銃を撃った経験のない者は意外な反動の大きさと射撃音にまず驚くことになる。


減音器サプレッサーで音が抑えられている点はマシだが。そろそろ片手撃ちを慣らしていくか)


 黙々と片手撃ちを行い、それに慣れたら拳銃2丁を使った両手撃ちに移行していく。

 リアサイトは覗かない。狙いは《必中》の権能でつけるからだ。


 引金を引く。

 弾を打ち切るまで引く。

 リロード。

 また打ち切るまで引く。


 動作を体に染み込ませながらも、久頭の思考は大広間での会話の続きを考えている。


(いったい何の情報が足りていないんだ? 鍵はなんだ……後何があれば)


 引金を引く。

 リロード。

 引金を引く。


 単純な反復動作の中に閃きは訪れる。それは一種の直感。無意識に繋がる思考の終着。 


(――権能だ。権能が鍵だ。それがわかれば――)



 黙々と作業を繰り返し、気がつけばかなりの時間が経過していた。


(こんなもんだな……反動には慣れた。狙いは権能でつけるとして、とりあえず連続して銃撃できるようにはなった)


 久頭が一息ついたところで、パチパチパチ、と拍手の音が響く。


「全弾ど真ん中に命中ですか、素晴らしい」


 声をかけてきたのは所長だ。彼が近づいていることには気がついていたが、丁度久頭の方からも用があるところだった。


「ありがとうございます、所長」


「拳銃の分解と掃除の仕方を教えましょう。命を預ける武器ですから、メンテナンスも戦いの内です」


 そう言って教えてくれた方法に従って拳銃を分解。各部品を掃除した後、元通りに組み立てる。


「なかなか様になっていますね」


「ええ、今のでやり方は覚えました。ありがとうございます。ところで、頼みたいことがあるのですが……」


「クズ君の頼みなら何でも聞きますよ。何でしょう?」


「いくつか欲しいもの、詳細に使い方を教えて欲しいものがあるんです」


 続けて列挙した内容を聞き、所長はうなずく。


「何か考えがあってのことですね。分かりました。研究所を回りながら教えましょう」


「ああ、それと」


 久頭がさらに質問を重ねる。


「訓練室みたいなところはありますか? 防具プロテクターと模造剣、ゴム弾もあるといいのですが」


「ありますよ。そちらも後で案内しましょう」







 所長との用が終わると、久頭は訓練室に来ていた。

 射撃訓練を終えていた一杉にも声をかけ、一緒に来ている。


「一杉、頼みがある。今から言う方法で、俺と訓練をして欲しいんだ」


 詳しい内容を伝えると、一杉は笑顔で快諾した。


「なるほど、それは僕にしか出来ない訓練だね。それに僕の訓練にもなる。しかし、この内容は……」


「何だ?」


「いや何でもないよ、瑠牙。君はもう覚悟を決めているようだからね。僕が言う事は何もない」


「……」


 二人は防具プロテクターをつけ、お互いに剣と銃を構える。

 一杉が口火を切る。


「じゃあ行くよ。一切遠慮も容赦もしない」


「ああ、頼んだ」


 短いやり取りの後、二人は動き出した。



 

 しばらく訓練を続けた後、久頭は息を切らしてへたり込んだ。


「ハア……ハア……思ったより厳しいかもな、これは」


「最初に比べればだいぶマシになったよ。少なくとも致命傷は避けれるようになってきた」


「こっちの世界の肉体はかなり運動神経が良いみたいだ。元の世界ではこんなに運動する気もしなかったしな」


「そうかい? 何だか楽しそうな表情に見えるけどね、今の瑠牙は」


「……へえ、そう見えるのか?」


 二人がそんなやり取りをしていると、訓練室に飛び込んでくる人物がいた。


「ここにいた! 2人とも、大変なの!」

「一杉くんと……久頭くん、だよね? なに、それ?」


 飛び込んできたのは元世と宝木だ。走ってきたのだろう、二人とも息が上がっている。


「いや、ちょっとな。気にしないでくれ。それより、何があった?」


「だから、大変なの!」


 元世が叫ぶように言う。



「もう一人の死体が見つかったの!」



 久頭は顔をしかめて聞き返す。


「何だって?」


「魔人の捜索にあたっていた兵士達が偶然見つけました」


 彼女達を追いかけて来たのだろう、続いて部屋に入って来たハイメが説明する。


「城中の滅多に使われない部屋の物陰に、まるで隠すように置いてあったそうです。見つけられたのもたまたま物を倒した結果のようで。状態から見て死んだのは昨夜。顔を切り刻まれていて、誰かは判別出来ない状態です」


「つまり……誰かはまだわかっていないんですか?」


「わかっていません。そこそこ以上の年齢の男なのは間違いありません、それに格好からして兵士。それ以上はまだです。これから持ち物を検めて調べれば何かわかるかもしれませんが……」


(違う。そんな事じゃない。俺が聞きたいのは……)


「ハイメさん、昨晩から行方不明の兵士はいるんですか?」


「――いいえ。亡くなったマルコだけです」


 一杉が眉間に皺を寄せて呟く。


「そんなはずはない……それでは計算が合わない。じゃあ一体……」


 異常だ。これは異常事態だ。死体がある事が、じゃない。


「その死体は誰だって言うんですか!?」


 ――誰なのかもわからない死体がある事が、だ。



 異常が頭を掻き回す。

 違和感。疑問。矛盾。

 それらが引金となり、頭の中の情報が配置を変える。

 やがて――。


「……なるほど、そう言う事か」


 ――久頭の頭の中で、全てが繋がった。

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