第15話 違和感

「すっきりしない、って顔をしているね」


 久頭達はハイメに言われた通りに大広間に来ていた。

 既に他のクラスメイトたちも全員集まっている。


「ああ。いくつか腑に落ちない事があってな」


 一杉の問いに久頭はスープを飲みながら答える。

 今は朝食を食べ始めたところだ。どうやら久頭達が揃うのを待っていたようで、何も言わずとも朝食が運び込まれてきた。


「マルコさんの事? 確かに、なんでその部屋にいたのかは不思議だけど……」


 宝木が小首を傾げる。

 朝食が運ばれてくる時間に、久頭達が得た情報はクラスメイト達にも伝えていた。


「それもある。聞いた通りの人物なら、あの部屋にいるはずは無いからな」


「マルコさんがあの部屋にいた理由は僕にもわからない。でも、マルコさんがどんな人だったのかは聞いた話でしか知らないからね。実際にどうだったかはわからない。可能性だけなら、あの部屋にいた理由をいくつも考えつくよ」


 一杉の言葉に宝木が驚いて聞き返す。


「え、そう? 例えば?」


「例えば、借金に苦しんでいてこっそり金目の物を取ろうとしたとか。国王様の部屋だけあって、高そうな物もいっぱいあったからね。それに国王様は病に伏せっているだろう?隣の部屋にこっそり出入りしてもバレる可能性は低い、チャンスだと考えたのかもしれない。他には他国に買収されて国王を暗殺しようとしていた、とかね」


「うーん。そんな気はしないけど……」


 納得がいっていない様子の宝木だが、一杉の言うことも一理ある。


「内容はともかく……マルコさんにとってはあの部屋にいる理由がちゃんとあったんじゃないか。そういう事だろ、優人?」


「うん、そういう事。僕達はその理由を知らないってだけじゃないかな。だからそこは考えても仕方がないよ」



 そこに元世が口を挟む。一見すれば、先程の一幕を引きずっている様子は無い。ただ泣いていた影響だろう、その目元は赤く腫れぼったくなっていた。

 彼女はモリモリと朝食を食べながらこう言う。


「でもクーくんはさっき『それも』って言ったよね。他にもわからない事ってあったっけ?」


「幾つかあるが。そうだな……じゃあまず、マルコさんはどうやってあの部屋まで行ったんだ? 聞けば見張りの塔からあの部屋へは結構遠い。城内で何人も兵士とすれ違ったはずだ。ハイメさんが言っていたようにほとんどの兵士とマルコさんが親しいなら、当然マルコさんの知り合いもいたはずだし、マルコさんが見張りの当番だったことも知っていたはずだ」


「たしかに……そして見張りを離れているマルコさんを見咎めるはずだね。でもそこは適当に言い訳したんじゃない? いや、まず実際にマルコさんを目撃した人がいるのかを確認したほうがいいね」


「そもそも、だ。あの部屋に忍び込む理由があったとして、なんで見張りの役目がある日に実行したんだ? 何もない日に実行した方が見咎められる可能性は減ったはずだろ」


「……言われてみればその通りだね。つまりただあの部屋に行く理由があったのではなく、昨晩にどうしてもあの部屋に行く理由があった。そういうことかな?」


「その線でいけば……その上その日にたまたまタイミングよく魔人が入ってきて殺された。と、いう事になる」


「……なんだか出来過ぎじゃない?」


 宝木の感想にうーん、と久頭以外も難しい顔をし始める。

 久頭は話を続ける。


「もっと不可解なのは魔人の行動だ。そもそもなぜ、魔人はあの部屋に入ったんだ?」


「それは国王様のところに行くためでしょ? ……あっ」


 元世も言いかけたところで気がつく。


「そう、瞬間移動出来るならわざわざあの部屋を通る必要が無いんだ。廊下から直接寝室に瞬間移動すれば良い」


 一杉が自身なさげに一応の反論を試みる。


「……瞬間移動の使用になんらかの制限があるのかもしれない。使える回数に限りがあるとか」


「警備を掻い潜って王室までたどり着いているんだ。その時点で相当の回数を瞬間移動していそうだがな」


「なのに一番重要な国王様の部屋に入る時だけ瞬間移動しないのも不自然だね」


「まず王城の中を移動しているのも不思議なんだ。窓の外から瞬間移動した方が早いからな」


「そうか……警備も窓の外からの襲撃に備えていると言っていたしね。国王様の部屋は地上からかなりの高さがあるけど、瞬間移動なら関係なさそうだし。もちろん、瞬間移動に高さ制限がある可能性はゼロではないけど」


 久頭は頷きながらもさらに話を続ける。


「そして最後の疑問。なぜ魔人は逃げ出したんだ?」


「警備の人間が来るのを察知したからでしょ?」


「そうなんだが……あの遺体の状態を見ると素直に納得できない。あれだけ簡単に人を殺せる力を持っているんだ。警備の兵士が来たところで果たして脅威になるだろうか? 兵士は3人待機していたが、そのくらいサクッと殺して国王も殺せそうじゃないか?」


「これまで魔人を殺せたことはほとんど無いくらいだしね。ただの兵士では束になっても敵わないだろうに、逃げ出したのは不思議だ。逃げ出すまでの判断も一瞬だから、魔人にとっては迷う余地がなかったんだろうけど……。一度撤退してしまえば警備も厚くなるはずだし、デメリットの方が大きそうだね」


 一同は話しているうちに朝食を食べ終えていた。

 宝木がごちそうさま、と小さく言った後に久頭に問う。


「つまり……一杉くんの推測はどっかが間違ってる? 最初聞いたときはなるほどって思ったんだけど。久頭くんには正解がわかる?」


「……いや。今は材料不足だ」


(仮説は一つあるが……それだけでは説明がつかない。何か情報が足りていない)


 久頭はそれだけ言うとおもむろに席を立ち、歩き出そうとする。

 呼び止めるように一杉が声をかける。


「どこか行くのかい? この大広間にいるように言われているけど」


「研究所の射撃場に行ってくる。銃を撃つ感触を馴染ませておきたい。魔人はまだこの城にいるかもしれないだろ? 戦う準備をしておかなきゃな」


「なるほど。それなら僕も行くよ」


「待って待って! 危ないんじゃないの?」

「本当に行くの?」


 そのまま歩き出そうとする二人を元世達が呼び止める。


「ここにいても危険はある。それに、アダラさん達もいるしな」


「……命に代えてもお守りします」


「だそうだ。ってわけで行ってくる」


 そう言い残し、久頭達は大広間から歩き去っていった。

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