第14話 証言

 死体の第一発見者は、国王の警備の任についていた兵士達だ。ドゥーべ達が彼らに事情を聞くという。久頭と一杉もその聞き取りに立ち会わせてもらう事になった。


「私達はいつものようにこの部屋で待機していました」


 ここは国王の寝室の隣の部屋だ。といっても死体が発見された『知恵の間』とは国王の寝室を挟んで反対側にある部屋だ。国王の警備担当は通常この部屋を待機場としているらしい。

 彼らの証言をまとめるとこうなる。

 彼ら王城の兵士は普段から国王の寝室も警備をしている。1班3人、交代で警備しているが、昨夜は彼らの担当だった。

 彼ら警備の者は普段は寝室に踏み込むことも覗き込むこともない。国王が部屋にいる間は中を見ないようにと厳命しているためだ。国王とて部屋の中では人の目を気にせずゆっくりしたいのだろう。

 しかし、何か物音がしたり異常があれば、警備の者はすぐさま寝室に踏み込む。そのため、待機室と寝室の間の扉が施錠されることはない。

 ちなみに国王の寝室には直接廊下に出れる扉はない。つまり廊下と出入りするためには待機室か『知恵の間』を通る必要がある。国王は普段、『知恵の間』を通って寝室と廊下を出入りしていた。


「昨夜はまさにその異常が起こった日でした。何か悲鳴のような音が聞こえたんです」


 そこで、兵士達はすぐさま国王の寝室に踏み込んだ。しかし寝室には何も異常がなかった。病に伏せった国王が普段と変わらずベッドに横になっているだけだった。


「そこでさらに隣の部屋、つまり『知恵の間』で何か起こったのだろうと思いました。だからあの部屋に踏み込んだのです。そして、その時には部屋の中は既にあの状態でした。つまり、マルコさんはもう……」


 話している途中でこみ上げてくる物があったのだろう、男は言葉を詰まらせ泣き出してしまう。

 そこで一杉が質問を口にする。


「何かの音を聞いてから『知恵の間』に踏み込むまで、どのくらいの時間がかかりましたか?」


「ほとんど時間はたっていません。音を聞いてすぐさま寝室に踏み込み、国王様に異常がない事を確認しながら寝室の中を駆け抜けて、すぐに『知恵の間』の扉を開けましたから」


「……その聞いた物音というのはマルコさんの出した悲鳴でしょうね。つまり犯人はそのわずかな時間でマルコさんの喉をひきちぎり、廊下に出て逃げた」


「もちろん我々も部屋の中に犯人が残っていないことにはすぐに気がつきました。それに廊下に出る扉も開いていた。だから即座に廊下へ出て、犯人を探したのですが……既に何処かへ行方を眩ませたようで、姿は見つかりませんでした」


「つまり逃走速度も速い。即座に喉を引きちぎるところといい、やはり犯人は人間の身体能力ではない。犯人は――魔人だ」


 一杉の言葉に場は沈黙する。それだけ魔人という存在はこの世界の人間にとって重い意味を持つ存在であり、脅威なのだろう。ドゥーべなどは顔が真っ青になっているほどだ。


「……ところでマルコさんがあの『知恵の間』にいるはずがない、というのはどういう意味ですか?」


「そのままの意味です。そもそも……あの『知恵の間』という部屋は国王とごく一部の者にしか立ち入ることが許されていません」


 ドゥーべは青い顔をしつつも久頭の疑問に答える。


「城の中でも入る事を許されているのは私とハイメ団長だけ。それでも用事がない時に立ち入ることはありません。あそこは寝室と同様、国王様が人目を気にせずゆっくりと過ごすための部屋ですから。今回の様に警備のものが必要あって踏み込んだ場合は別ですが、何もないのに部屋に入ればそれだけで死刑もあり得ます」


「なのにマルコさんはその部屋にいた……と?」


「ええ。鍵が掛かっているわけではありませんから、入室することは不可能ではありません。しかし、マルコは真面目な兵士でした。用もないのにあの部屋に入ることはあり得ません」


「それに……そもそもマルコさんは塔で見張りの予定だった。違いますか? そんな会話を聞いた覚えがあります」


「……これは驚きました。よく覚えておいでで。そうなのです。彼は夜の間中、塔で見張りをしているはずでした。それが彼の今日の役目でしたから。なのになぜかあの部屋にいた」


「彼は職務に忠実な男です。理由もなく見張りを離れるわけがありません。一体何があったのか……。死体を見つけてすぐ、トゥレイスがマルコが担当していた塔を見に行きました。ただ、そこには何の異常も見られなかったそうです。ただ誰にも何も言わず、いつからかマルコは持ち場から離れていた。見張りの塔は各方角2箇所ありますから、一人が持ち場を離れたからと言ってすぐに問題が生じるわけでは無いのですが。その後は代わりの者を見張りに立たせています」


 ハイメ団長がドゥーべの言葉を補足する。

 そこに一杉が疑問を口にする。


「待ってください。普段から『知恵の間』には鍵がかかっていないんですか? それでは、廊下から国王様のいる寝室まで誰でも入れるという事ですよね。あまりにも無防備すぎませんか?」


「そもそもここは王城の中です。信頼のおける兵士と召使いしかここにはいません。城の敷地内には研究所や騎士団の施設もあり多くの人間がいますが、こと王城の中に入れる人間は限られています。最近入城したのも、騎士団のお二人と越境者ジャンパーの方々8人だけです。警備は万全ですから、他の者はネズミ一匹入れませんよ」


「昨夜、城の中を私とトゥレイスで一通り見回った時も素性の知れない人物はいませんでした」


「……なるほど。つまり廊下から襲撃者が来ることは想定していないんですね」


「はい。待機場に警備のものが詰めているのも窓からの襲撃や、万が一の事態に備えてのものです。それに廊下は常に多くの警備の兵が巡回していますから、万が一にも不審な人物が王の部屋までたどり着くことはあり得ません」


「確かに……通常ならそうですね。しかし、例外もあります。つまり昨夜の魔人の権能です」


 一杉は言う。


「僕の推理はこうです。昨夜見た魔人、彼はテレポート……つまり瞬間移動のような事をしているように見えました。そういった権能を持っているのでしょう。その権能を使って警備に見つからずこの部屋に来た、という事でしょうね。そして国王の寝室に行くために『知恵の間』に入った。寝室に行こうとした理由は分かりませんが……暗殺して王国に混乱をもたらそうとしたとか、そんなところでしょう。しかし部屋に入ったところでマルコさんに見つかり、とっさに殺害。そして逃亡した……」


 彼の話を聞いているうちに、ドゥーべの顔色はまた真っ青になっていき何かぶつぶつと呟いている。


「そ、そんな、いや、それでは、一体どこに……」




 一方、一杉の推理を聞いた久頭は静かに疑問を覚えていた。


(いや、その推理はおかしい。まだ疑問点がいくつもある……)


 しかし久頭の内心の疑問を知る由もなく、一杉は言葉を続ける。


「マルコさんを殺害した魔人はまだ逃亡している、と言うことですよね。行方もわからない」


「ええ。兵士たち総出で城中を捜索しています。既に城から脱出している可能性もありますが……。ですから安全確保のためにも、あとは仲間の方と一緒に大広間で過ごしていてください」


 ハイメがそう答えた。

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