第12話 従者、夜、異変

 久頭達は王城に戻ると大広間に集められた。

 彼らを待っていたドゥーべが話し出す。


「皆様それぞれに寝室を用意しております。一人一人に担当の従者を付けますので、何か用があればなんなりと申し付けてください。城内の警備は万全に強化しておりますので、どうかごゆっくりお休みください」


 そんな事を言われても安心できるはずも無い、とは思ったが久頭もあえてそれを口にするほど無神経ではなかった。警備が万全という点はリップサービスだとしても、休んで欲しいのは本心であろう。いたずらにクラスメイト達を不安にさせても仕方がない。

 それよりも、挨拶に来た自分担当の従者の方に注意が向いていた。


「お初にお目にかかります、クズ様。私はアダラと申します。この城にいる間、クズ様の従者を務めます。身の回りのお世話も私が担当致しますので、なんなりとお申し付けください」


 そつなく挨拶をする銀髪の女性。しかし、他のクラスメイト達の従者達と彼女はどことなく雰囲気が違う。

 従者達は男性は執事服、女性は伝統的なメイド服、つまり黒のエプロンドレスを着用している。目の前のアダラも基本的には同じ服装なのだが、なぜかスカート丈が一人だけ短く膝上丈になっている。


「……ええ、よろしくお願いします」


 久頭は挨拶を返しながらも《分析》と《感知》で彼女を探る。


『NAME: アダラ

 AGE:19』


(《分析》結果に不審な点はないが……なるほどスカートの下に何かを隠しているな。腿(もも)にナイフホルダーを巻いているのか)


 彼女がなぜそんな格好なのか、その一因は程なくわかった。《感知》を使えば僅かな空気の流れの違いも感じ取ることができる。これを応用すれば、目には見えない部分に何があるか、大まかな形を捉えることも可能だ。


(足首までスカート丈があってはこのナイフを咄嗟に取り出すのは不可能だろう。だからスカート丈が短いというのはわかるが……他の従者は別の場所に武器を隠しているのか)


 他の従者も《感知》で探れば、目視できない場所にそれぞれ得物を隠しているようだ。ただアダラよりは自然な隠し方で、服装も普通の召使いの物からいじっていないように見える。

 更に従者達を探っていく。《感知》を使えば筋繊維一本一本の収縮音すら手に取るようにわかる。


(見た目では分からないが、全員が鍛え込まれた体をしている。その辺の召使いとは全く違うキレのある達人の様な動き方だ。それでいて恐ろしい程に足音や衣擦れの音がしない)


 従者、というのは嘘だ。少なくともただの従者ではない。久頭の推測では彼らは隠密の類だ。一国の王城であるからにはそういった者達がいても特段不思議ではない。


「それでは、お部屋へご案内致します」


 そう言って先導していくアダラの後ろをついていきながら、久頭の思考は続く。


(この女性も一見そうは見えないが、鍛え上げた体と動き方だ。しかし、物音を立てない身のこなしではない。彼女は隠密ではないのか?)


 彼女の所属が元々異なるとすれば、どこか他の従者と雰囲気が違う事も納得がいく。更に注意深く彼女を探ると、僅かに左脚が引きずるような動きをしている。


(怪我でもしているようだな……それが原因で元の所属からこちらの任務に移ってきたのかもしれない)


 いずれにせよ、従者達は全員が腕の立つ人間のようだ。


(好意的にとらえれば、俺達の護衛を兼ねているのだろう。あるいは俺達の監視の方がメインかもしれない)


 王国は久頭達が魔人との戦いを恐れて逃げ出したり、とち狂って暴れ出す可能性も考慮しているはずだ。権能持ちの人間達を抑え込むには腕利きを揃える必要がある。武器をあっさりと支給したのも、この者達を従者に付ければ抑え込めると思ったからかもしれない。


 

「こちらがクズ様に滞在して頂く部屋になります」


 幾つもの回廊を歩いて辿り着いた部屋の扉を開きながらアダラはそう案内した。

 その部屋は二部屋がひと続きになっている。奥の部屋には天蓋付きの立派なベッドが置いてある寝室になっている。一方、手前の部屋にはテーブルと椅子が置いてありお茶を楽しんだり普段の生活を過ごす空間のようだ。テラスもついている。


「立派な部屋ですね。皆このような部屋を?」


「ええ、そうです。紅茶はお飲みになりますか?」


「はい、ありがとうございます」


 紅茶を淹れるアダラの動作を注意深く見ていると、一見そうとは分からない程度のぎこちなさが感じられた。


(やはり普段からこういった業務をしている訳ではないようだが……)


 久頭はそう思いながら淹れられた紅茶を口に含む。すると、意外な美味しさに声が漏れる。


「……すごい。美味しいですね、このお茶」


「最高級の茶葉を使っていますから。気に入って頂けたようで何よりです」


 出来るだけ平坦に答えているつもりなのだろうが、その表情はホッとした様子を隠し切れていない。


(この人、少し脇が甘いんじゃないか? こんな調子で大丈夫なのか)


 久頭が少し不安を感じていると、扉をノックする音がした。


「あの……宝木です。久頭君、少し話いいかな?」





 テラスに出ると、辺りはすっかり夜になっていた。空気が綺麗だからだろうか、星の明かりがはっきりと見える。


(綺麗に見えるもんだな……記憶にある元の世界の星空とは随分違うようだが)


 そんなことを考えながら、久頭は一緒にテラスに出てきた宝木に声をかける。


「寒くはないか? なんなら羽織でも貰ってこようか」


「ううん、平気。この紅茶も温かいし……うん、美味しいね」


 一口含み目を丸くする宝木。アダラに淹れてもらった紅茶を久頭と一緒にテラスに持ってきていた。


「ああ、茶葉も良い物だろうけど、アダラさんの腕も良いようだ。きっと練習したんだな」


 振り返り、星空に向けていた目線を宝木に向ける。


「……で、何だ? 話って。ここなら他の人には聞かれない」


 宝木は従者とともに久頭の部屋を訪れていたが、従者はアダラとともに部屋に残ってもらっている。今テラスにいるのは宝木と久頭だけだ。


「うん……」


 宝木の瞳が揺れる。瞳に映る感情は不安、恐怖、躊躇い……。

 やがて宝木はぽつりぽつりと話し始めた。


「……久頭君は怖くない? 私達って今どうなってるんだろうって。これからどうなるんだろうって。魔人に命を狙われて、生きていけるのかって。」


「これからどうなるかは俺にも分からないよ」


「うん……そうだよね」


 要領を得ない話し方だ。こういう話し方をする時は、しばしば本当に話したい事を避けている時だ。

 やがて意を決したように宝木は切り出す。


「ねえ久頭君。私達……本当に死んじゃったのかな」


「……さあな。俺の最後の記憶はバスが事故に遭っただろうところまで。その後本当に死んだかは何とも言えない」


 とはいえ十中八九死んでいるだろう、というのが久頭の推測だ。わざわざそれを口にしないのは、宝木もそんなことは本当はわかっているからだ。どこかでそれを理解しているからこそ、あえてそう考えないようにしている。


「……久頭君は優しいね。じゃあ、ここは本当に異世界だと思う?」


「ああ。一杉ともその可能性が高いって話をした」


「久頭君って一杉君と仲いいんだ?」 


 意外そうに宝木が言う。

 別にそこはどっちでも良いだろ、と久頭が返す前に彼女は言葉を続けた。


「うん……やっぱりそうだよね。お風呂に入って入る時に、私達も本当に異世界なのかなって話をしてたんだ。やっぱり、そうじゃないかって話になった」


 きゃあきゃあと騒いでいる声しか聞こえなかったが、そんな真面目な話もしていたらしい。


(意外、でもないか。こんな状況ではそういう話を真っ先にするのが自然だ)


 宝木の質問は続く。

 目を伏せ、思い詰めたような横顔。


「じゃあさ、私達って元の世界に戻れるのかな。それとも――」


 戻れないのか。

 彼女はそこまでは口にしなかった。

 久頭はこの時、彼女が本当は何を恐れているのかを理解した気がした。


「……現状では何とも言えない。ただ……」


 久頭は生まれて初めて、何かを言い淀む、という経験をした。


「戻れる可能性は低い、と思う。少なくとも、戻る方法は知られていない」


 それでも宝木の目を真っ直ぐに見つめ、久頭は言葉を続ける。


「そんな方法を知っているなら、ドゥーべは魔人と戦う引き換えにその方法を教える事を約束したはずだ。だけど、彼はそうしなかった。方法を探す事を約束しただけだ。つまり――」


「――その方法は知られていない。うん、確かにそうだね」


 そう言う彼女の表情は、先程までとは打って変わってスッキリしたものになっていた。


「ありがとう、久頭君と話してよかった。こんな夜分にごめんね」


「別に構わないよ。でも、俺からも一つ質問いいか?」


「うん、なに?」


 小首を傾げる彼女に、久頭は本当にわからなかった事を質問する。


「何で俺にこの話をしに来たんだ? 元世とか他の女子もいるし、別に俺にしなくても……」


「へっ? ええっと、それは〜」


 素っ頓狂な声を上げた後、宝木はにっこりと微笑みながらこう言った。


「……秘密」


 彼女にはこういう表情の方が似合う。


 久頭は脈絡も無くそう思った。







 宝木が従者とともに自分の部屋に帰った後、久頭はベッドに入った。

 とは言え何が起こるかわからない状況だ。《感知》は切らないで、何か異変を察知すればすぐに飛び起きれるようにしておく。



 そんな浅い睡眠だったからだろうか。久頭は随分ひさしぶりに夢を見た。

 元の世界で、今まで通りに生活を送っている夢だ。

 目を覚ました時には、両親はとっくに仕事に出ていて、家にはいない。二人の書き置きをちらりと見てから、朝食を頬張る。じっくりと見る意味はない、どうせいつも通り帰りは夜分遅くなると言う意味の言葉があるだけだ。

 腹ごしらえが終わるとおもむろにVR装置をつけ、VR空間にダイブする。


「今日はゲームをしようか、アニメを見ようか、小説を読もうか……」


 勉強をすることは滅多にない。課題は出ているが、ほとんどはAIで終わらせることができる。定期的に試験もあるが、記憶力に優れている久頭にとってはほとんど勉強しなくてもクリアできるものばかりだ。だから、彼は空いた時間でひたすら娯楽を消費する日々を過ごしている。


「よし、今日はこのゲームにするか」


 それは彼が最近はまっているリアルタイムストラテジー系列のゲームだ。戦略、咄嗟の判断、心理戦、あらゆる要素が詰まっているそのゲームは彼を飽きさせない。

 そうして娯楽で時間を食いつぶし、腹ごしらえを適当にし、眠くなったら寝る。それで彼の日常は終わりだった。


(思えばこの世界に来てから、元の世界のことは大して思い出しもしなかった)


 元の世界の生活が不満だったわけではない。しかし、今あえて振り返る必要もない、その程度の生活だった。


(元の世界、か。俺はそこにこだわりがない。でも宝木は……)




 そこで、久頭は何かの音を耳にして目を覚ました。


(何か聞こえた。悲鳴、か? ……城の中で多くの人間が動き出している。何か異常が起きたようだ)


 久頭は銃を掴みながらベッドから飛び降りる。

 しかし目の前にアダラが現れ、彼の進路を塞いだ。


「アダラさん、何が起きたんですか。確かめに行かせてください」

「いいえ、ダメです。クズ様の命令でもそれはなりません」


 彼女の表情はいっそ鬼気迫るほどで、梃子でもそこを動きそうになかった。


「どうしても、ですか」

「お願いします、クズ様。ここにいて下さい。私は……あなた方を失うわけには行かないのです」


 久頭は彼女を睨みながらも《感知》で城の中の様子を探る。




 結局、朝まで城中の動きが正常に戻ることはなかった。










 翌朝、城の中で一体の死体が発見されていた。

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