第11話 武器

 久頭達が武器を持ちたいと申し出ると、その希望はあっさりと許可された。自衛のためとは言え、王城の中で武器の携行認めさせるのは正直骨が折れるだろう、という久頭の予想は全く外れてしまった。


(最悪、武器の場所さえわかれば《隠蔽》で持ち出すつもりだったが……)


 それだけ越境者ジャンパーの身の安全を優先したのか。より明確な魔人という脅威が現れたことで、それへの対抗手段を増やす事を優先したのか。あるいは……。


(しかし、王城の敷地内に研究所があるなんてな)


 今、久頭達は王城敷地内に設置されている王立研究所を訪れている。久頭が武器として拳銃を希望したためだ。実用レベルの拳銃があるのは、ここの研究所くらいなものらしい。


 この世界に銃があることは、久頭としては疑っていなかった。越境者ジャンパーがしばしばこの世界に訪れているのだし、元の世界のモノもだいたい伝えているはずだ。現にこの世界に来てから見た物にも、あちこちに越境者ジャンパーが伝えたと思しき物があった。銃なんて基本的な物が伝わっていないはずがない。

 もっとも、伝わっていたからといって実用レベルの物があるとは限らない。無い場合はボウガンでも何でも、とにかく威力のある飛び道具を手に入れようと久頭は決めていた。《必中》の権能を活かそうと思えば自然な発想だ。獣相手には威力の低い石投げしかできなかったため苦戦した。だが、十分に威力がある武器を使えば《必中》は強力な戦力になり得る。



 研究所は近代的なビルのような建物になっていた。伝統的クラシカルな王城の雰囲気とは対照的だ。


「こんなに早く越境者ジャンパーの皆さんがここに来てくださるとは! 遅く無いうちに研究所内を案内したいと思ってましたけど、早くも希望が叶いました」


 ニコニコと子供のような笑みを浮かべながら、研究所所長が出迎えてくれた。白衣と眼鏡にボサボサの髪、とわかりやすい研究者の格好をしている男だ。顔立ちは怖いぐらいの美形。しかし顔に似合わず無邪気すぎる笑みは、むしろ彼が狂気科学者マッドサイエンティストである事を予感させる。


 中を案内しながら所長は研究所について説明していく。


「この王立研究所は魔人達への対抗手段を作り出すために設立され、運用されています。そもそもは先代越境者ジャンパーの方が色々と研究していた事を発展させて行った結果、研究所という形になったようですね。魔人が封印されている間も研究を進め、今回の戦いに備えていたというわけです。王城の敷地内に研究所があるのは、それだけ王国が魔人との戦いを重視しているということの現れですね」


「先代の越境者ジャンパーって魔人達を封印した方ですよね? 研究もされていたんですか?」


「ええ。《分析》という研究向きの権能を持っていたそうです。そういう権能を持っていたから研究していたのか、研究好きな方だからそういう権能を持っていたのか……。羨ましい話です、私もそういう権能が欲しいですね」


 ニコニコしながら話す所長だが、《分析》で確認したところ残念ながら権能は持っていない。


(しかし驚いた、よく《分析》持ちで魔人達の封印なんてできたな。仲間達が優秀だったのだろうか?)


 久頭の驚きをよそに、所長は話を続ける。


「皆さんもドゥーべさんに権能を確認されたんですよね? 人の権能を見ることができるあの道具も、先代の越境者ジャンパーが権能を使って作った物だそうですよ。おっと、着きました。こちらが武器類のフロアです」


 研究所内には多くの部屋があり、かなりの数の研究員が働いているようだ。


「まずは銃が希望でしたね。アサルトライフルやスナイパーライフル、対物アンチマテリアルライフルなんかもありますが」


「いえ、まずは拳銃がいいです。できれば2丁。王城内で自衛目的に持つ物なので、常に携行できる取り回しの良い物で。あと、減音器サプレッサーもつけられる物がいいです。」


「なるほど、そういうことでしたらこちらが良いでしょう。自動拳銃、専用|減音器(サプレッサー)装着可能、9mm弾使用、複列弾倉ダブルカラム・マガジン採用で装弾数は17発。2丁でも何丁でも良いですよ。予備弾倉マガジンもいりますね。光学照準器やウェポンライトは? いりませんか。安全装置セイフティはここです。はずし方はわかりますか? 銃を撃った経験は?」


「いえ、ありません」


「でしたら、少し打って練習した方がいいですね。意外と発射時の反動が大きくて、至近距離以外では狙い通りに当てるのは難しいんです。地下に射撃場がありますから、あとでそちらも案内しましょう。あ、拳銃嚢ホルスターもどうぞ」


 命中率は久頭にとっては問題にならない。《必中》があるからだ。しかし、反動には慣れておいた方がいいだろう。


「手榴弾も持っていきますか? 閃光手榴弾フラッシュバン発煙手榴弾スモークグレネード、催涙手榴弾なんかもありますよ。トラップ用のワイヤーやクロスボウもありますし他にも……」


 その後も色々な武器を紹介されながら一行は研究所内を回っていく。

 どうやら宝木は剣をもらったようだ。武道の心得があるようだし、使い慣れているのだろう。他のクラスメイト達も各々が携行できる武器をもらっていた。


「こちらは対魔人化学・生物兵器の開発フロアです。実は銃や剣といった通常兵器で魔人を殺すことは非常に難しい。と、いうか歴史上で成功例がない。ハイメ団長の権能だけですからね、殺せたのは。殺すには色々と魔人の能力の高さが問題になっているわけですが……。まあつまり、通常の戦闘で殺せないならば他の方法を考えればいいわけです。そこで毒や細菌で殺せないかと方法を模索しているのがここ、というわけです」


 饒舌に説明する所長の顔はいきいきしている。


「ハイメ団長が魔人を一人、殺してくれたのは本当に助かりました。死体を使って色々と調べる事ができましたからね! 死体を隅から隅まで弄くり回して研究するのは本当に楽しかったなあ……切って開いて臓器を出してまた戻してあらゆる刺激を加えて成分を調べて細胞を培養して反応を比べて……。おかげでこちらの分野の研究も大分進んできています」


 恍惚とした顔で死体を弄る話をする所長は、客観的に見て完全に狂気マッドな人だ。久頭はあえて突っ込まなかったが。


「結論を言えば、魔人は人間とは全く異なる生物なんですよ。見た目こそ角以外そっくりですが、頭のてっぺんから足の先まで全く別物。細胞の一つ一つからして違いますからね、僅かな組織サンプルだけでも判別できるんですよ。まあ、そうじゃなければあれほどの性能差は生まれませんからね。言われてみれば納得できる話です」


「しかし、それだけ体の構造が違うのならば毒の効きとかも当然違うわけですよね?」


「その通りです! だから魔人の体に合わせた専用の毒を私たちは開発しているわけです。そしてようやく有効な物が出来始めてきた。こちらに入っているのがその対魔人特化致死性毒ガス試作一号です。これを充分に吸わせれば魔人は徐々に弱っていき、最後には確実に死に至らしめることができます」


 所長が指差したところにはボンベと防毒マスクがある。万が一ガスが漏洩したときのためだろうか、久頭達がいる廊下とはガラスを隔てた場所にそれらは置いてあった。


「実用化には欠点だらけですけどね。まだ毒性が弱いので十数分以上このガスを吸わせる必要があります。ガスは拡散しますから、その間は魔人をガスが充満した密室にでも閉じ込めておくしかない。現実的には不可能です、壁なんて簡単に壊して脱出してしまうでしょう。いや、それ以前に戦場で屋内戦になる事は稀です。加えてこのガスは人間にも毒性がある。防毒マスクをつけておけば問題ありませんが、軍全員にマスクを支給するというのも非現実的です。無色無味無臭のガスにするところまでは成功したのですが、まだまだ改良が必要ですね。皮下注射であればもっと有効な毒が開発できているのですが、これもどうやって魔人に注射するのかという問題が……」


 どんどんヒートアップし、早口で解説する所長の話はしばらく続いた。なんとか話を終わらせた後、武器供与のための研究所ツアーは終了した。




 久頭が他のクラスメイトに続いて王城に戻ろうとすると、所長が彼を呼び止めた。


「これを君には渡しとくよ、クズ君」


「……なんの鍵ですか?」


「この研究所のマスターキー。それがあれば研究所内のどこでも出入りできるから、好きな物を貰って行って良いよ。一応何を持っていったかは、事後報告でも教えてくれると助かるけどね」


「それは……ありがたいですが。良いんですか?」


 あまりにも都合が良すぎる話だ、と久頭は怪訝な顔で聞く。

 対して所長はあっさりと答える。


「いいよ。これは私の気持ちだと思っておいて欲しい。それに……勘だけど、君にはきっとそれが必要になる。ああ、聞きたいことがあればいつでも私に声をかけてね」


「はあ……いいなら頂いておきますが。でも俺が裏切るかも、とか考えないんですか?」


「なあに。越境者ジャンパーに裏切られるようならこの国は……いや、この世界の人類はどっちにしろ終わりだよ」


 そう言う所長の顔は、初めて見る皮肉な笑みを浮かべていた。

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