第8話 権能
風呂をすっかり堪能した後、久頭達は『謁見の間』に案内された。
部屋の中に入ると真っ先に目に着くのは一直線に敷かれている赤い絨毯、そしてその先にある玉座と思しき椅子だ。しかし、そこに座っているのは久頭よりも年下に見える少女だった。
少女の横には老人が一人控えている。警備のためか、道中と同じく全身鎧を兜まで身につけた2人――騎士団長ハイメと騎士団員トゥレイスも部屋の中にいた。
「初めまして。私はフォーマルハウト王国の王女、ユリアナと申します。病に臥せっております父、フォーマルハウト国王の代理として皆様を歓迎致しますわ」
少女の言葉は丁寧ではあったが、全く媚びを感じさせない気高さと尊大さに満ちていた。意思の強そうな顔に金髪の縦ロール、パッと思い浮かぶ貴族のイメージ通りの外見をしている。
久頭はさりげなく《分析》で彼女を視る。
『NAME:ユリアナ・フォーマルハウト
AGE:13』
(俺達より年下か――こんな年齢の少女が挨拶に出てくるということは、可能性は2つ。本当に国王は表に出られない程の重病か、あるいは単に俺達が軽んじられているのか)
とはいえ後者の可能性は低い、と久頭の思考は続く。気品のある振る舞い、高品質な衣装やティアラ等の装飾品の数々、そして《分析》で確認した名字からもこの少女が王族である事は確かだ。真に軽んじているなら、わざわざ王族を出さずとも他の者に挨拶させるだろう。先ほどまでの豪華な料理や風呂もこちらの心象を悪くしないための処置と見るのが妥当だ。
(つまり、この国は出来る限りの歓待を俺達にしている。それだけの価値が俺達にあると思っているわけだ)
ユリアナ王女の脇に控えている老人が前に進み出ながら口を開く。国王相談役のドゥーベと名乗っていた老人だ。帽子こそ被っていないが、ローブに身を包み、白い髭を伸ばしており、古典的な魔法使いを連想させる見た目だ。
「皆様はまだこちらの世界にいらっしゃって間もありません。私めの方からこの世界について、幾つかご説明差し上げます」
聞きながら、久頭は老人も分析で視る。
『NAME:ドゥーべ
AGE:80
権能:《促成》』
(名前に嘘はない、年齢も見た目相応。権能持ちか。この世界で見るのは2人目だな)
ドゥーベの話は続く。
「まずは、『
曰く。
『権能』とは世界の
曰く。
『権能』を発現させた者は、その時初めて自身のステータスウィンドウを開くことができるようになる。そして、自身の権能の内容を知る事になる。発現する権能の内容は人によって異なるが、自身の適正にあったものになる様だ。過去に同じ権能が確認されていることもあるし、初めて確認される権能である事も珍しくない。研鑽してきた技術に関連するものが多いが、強く望んだ事を実現できるようになるパターンもあるらしい。まとめて精神性の発現で説明できるとする説もある。そして、過去に複数の権能を持っている者は確認されていない。
「例えば、我が国の権能持ちであるハイメは剣技を極めた結果、《断絶》という極めて強力な権能を得ました。このように何かを極め尽くした者が得られる力、それが権能なのです」
妙な話だ、と久頭は思う。何かを極めれば『権能』を得られる。まるでゲームのレベルカンスト報酬のような仕組みだ。世界の仕組み自体が研鑽し、努力するよう人々に推奨しているかのようだ。加えてステータスが見えるようになる、という点。やはりこの世界自体に作為が感じられる。
ドゥーべは続けてこう言った。
「それでは皆様の権能を確認させていただきます。ここに権能を確認することができる貴重な道具があります。これで一人一人を視ていきます」
そう言いながら単眼鏡のような道具を取り出す。
「待って下さい。僕達はステータスで自分の権能を確認できます。自己申告ではいけないのでしょうか」
すかさず一杉が疑問の声を発する。
対するドゥーべの答えは明瞭だった。
「疑うわけではありませんが、自己申告で正確にお答え頂けるかどうかこちらには判断する根拠がございません。王城に滞在していただく以上、出来るだけ不確定要素はなくしたいのです。名前、年齢、権能を確認するだけです。危険はございませんので」
(ステータスの表示項目と同じだな。あれは《分析》と同じように他人のステータスを視ることができる道具か)
ドゥーべの言い分は妥当であると久頭は判断する。王族がいる場に彼らからすれば素性の知れない人間、しかも未知の強大な力を持っている可能性のある人間を置くのだ。そのくらいのチェックは必要だろう。
どうやら一杉も同じように判断したらしい。頷きながら彼はこう答えた。
「……わかりました。それではまず僕を視て下さい」
そうして、一杉を皮切りに次々とクラスメイト達の権能を確認していく。確認する度にドゥーべは、「ほう!強化!」「回復……なるほど」「む、空欄?無い?だが……ううむ」「センジュ?……ふむ、なし」などとブツブツ言っている。人には聞こえない程度の小声だが、久頭は《感知》で漏らさずそのリアクションを聞いていた。
そして残すところは久頭と宝木の二人だけになった。
「じゃあ、次は俺が」
そう言って久頭が前に進み出る。
「ふむ、確認いたします。どれどれ……」
ドゥーべはそう言って久頭のステータスを確認した。
『NAME: クズ リュウガ
AGE:15
権能: 』
「彼もなし……」
小声でそう言うとドゥーべはすぐに興味を無くしたように道具から目を離した。
「私が最後です」
そう言って、宝木が進み出る。
久頭は入れ替わりに下がりながら、内心でほくそ笑む。
(狙い通りに《隠蔽》は機能したな。ここまでは想定通り)
久頭のやったことは単純だ。彼は《隠蔽》で自身の権能を全て隠した。彼が手品を装って検証したように、注意深く数秒見る状況にならなければ《隠蔽》で権能が無い様に見せかけることができる。こういった状況を想定して、《隠蔽》の効果を検証しておいたことが効いている。
しかし久頭一人であれば、こうもうまくは行かなかっただろう。これまでの例では
「むっ、ステータスが見られない?」
「……もしかしたら、私の権能のせいかも知れません。私の権能は――」
ドゥーべと宝木の会話を聞きつつ、久頭は少し迷っている。
(これからどちらを選ぶべきか)
ドゥーべ達が久頭達を歓待したのは、権能を持っている
そこで選択肢の1つ目、権能がない役立たずである事を認め、大人しく王城の生活を諦める。王城での生活レベルを考えると追い出されるのは惜しい。外での庶民の生活レベルがわからないし、日々の糧を得る手段が簡単に見つかるかもわからない。
2つ目、権能持ちではないが役に立つ可能性を示唆する。一見難しそうだが、久頭はほぼ確実な方法を考えてある。では、なぜ迷わずその方法を取らないのか。
(真に問題なのは――なぜ王国は権能持ちを必要としているのか、だ)
ここまで歓待するのには理由がある。それも差し迫った理由だ。
久頭はその内容にも心当たりがある。しかし王城を出るのとその厄介ごと、どちらのリスクが大きいのかを測りかねていた。
(いや、そもそも迷う必要はないか。後で王城からこっそり逃げ出すのは《隠蔽》があれば可能だ。一方で、一度追い出されれば王城に戻るのは難しい。とりあえずは王城に残るように動くべきだ)
久頭が自分の中で結論に至るのと、宝木達の会話が終わるのはほぼ同時だった。
「――ふむ、確かにそういった権能であればステータスが見えないのも不思議はない。あなたの言葉を信じましょう」
「はい、ありがとうございます」
「……しかし問題は、権能を持っていない
そう言うドゥーべの表情は苦渋に満ちていた。
「実を言えばこの国にも余裕があるわけではない。彼らも同じ待遇で扱うわけにはいかないでしょう……」
「待って下さい!僕が彼らの分も働きます!ですから――」
一杉が即座にその言葉に反応し、食い下がる。彼も久頭と同様、歓待具合から権能持ちが必要とされていること、権能持ちでなければ放逐される恐れがある事に気づいていたのだろう。彼が権能の自己申告を主張したのもそのため。権能のないクラスメイトを庇うためだ。実際、着の身着のままで城外に追い出されると決まっているわけでも無いが、その可能性もある。彼はクラスメイトに対して仲間意識が強いらしい。
ドゥーべはますます眉間のシワを深めながら、言葉を吐き出す。
「そう簡単にはいきません。この国は――」
「あの〜、質問よろしいでしょうか」
唐突に久頭が手を上げ、気の抜けた声を発した。
「……何でしょう、今大事な話を」
「自分のステータスウィンドウを見ることができるのは、権能持ちだけ。そうですよね?」
「ええ、そうですが……いや、そうか」
「俺たちはステータスウィンドウを見ることができます。確かに権能は空欄ですが、ただの無権能とは違う」
「い、いえしかしそれだけでは……」
「もうひとつ質問です。
「それはどう言う意味……」
「つまり、俺たちは権能に目覚めかけている途中段階とは考えられないでしょうか? だから、ステータスウィンドウは開けるけど権能はない、そんな中途半端な状態なのではないでしょうか」
「む、むう……」
「俺たちはこれまで必ず権能を持っていた
無論、久頭の主張はほとんど出鱈目だ。クラスメイト達がステータスを開けるのに権能がないのは、久頭が《接収》で権能を奪った結果に過ぎない。しかし、それはドゥーべ達にはわかるはずもないことだ。ドゥーべは過去に複数の権能を持った人間はいないと言った。つまり過去に《接収》を発現したものは確認されていない、あるいは《接収》で権能を奪うことがなかったのかも知れない。いずれにしても、《接収》で奪われたステータスの状態など知るはずがない。
「……なるほど、わかりました。確かにこんな状態は見たことも聞いたこともない。可能性はあります。それでは権能を持っていない方も、持っている方と同様に扱いましょう」
ふうっ、と息をつくとドゥーべは言葉を続けた。
「ですから……協力して下さい。魔人達と人類の全面戦争に」
恐るべき魔人達との人類の存亡をかけた戦争。
それが、この国が直面している差し迫った厄介ごとの正体だった。
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