第9話 魔人
ドゥーべのその言葉に、久頭は内心で眉をひそめる。
(何らかの戦争とまでは予想していたが……人類の全面戦争、だと?)
久頭達が会ったハイメ率いる騎士団は遠征の帰りだった。彼らの消耗した様子、汚れや返り血の数々からも何らかの戦の帰りなのは明らかだった。しかもハイメは貴重な権能持ちだ。彼が動かなければならない程の重要な戦争が起きているのだろう、そこまでは久頭にも予想できていたことだ。
ドゥーべは久頭達を改めて見渡すと話を続ける。
「……失礼。まずは魔人についてお話しする必要がありますな。ご説明致しましょう。人類種の最悪の敵、魔人について」
曰く。
魔人とは数千年前の創世に際して神に造られた存在である。その目的は単純で、『人類を一人残らず殺し尽くす』こと。神とやらが何を思ってそんな存在を造ったのかは諸説あり不明。
魔人達の数は10にも満たない。しかし神が創世と同時に奴らを造って以来、その個体数を増やすことはない。生殖能力や、増殖手段を持たないためだ。
曰く。
魔人は見た目はほとんど人間と変わりない。唯一の決定的な差は、頭に角が生えていることである。
しかし、人間と同じなのは見た目だけだ。奴らは鉄をも簡単に引きちぎる膂力を誇り、刃をも弾く頑強さを持ち、見る見る間に傷が塞がる再生能力があり、驚異的な生命力まで備えている。奴らを本当に殺し切るのは極めて難しい。
知能は人間と同等以上に高く、言語も人間と同じように操る。奴らは冷酷で、残忍で、計算高い。
いや、何より魔人達を脅威たらしめているのは――『権能』だ。奴らは人ですらほとんど持つ者がいない『権能』をなぜか必ず持っている。
曰く。
創世より存在する魔人達だが、活動し始めたのはほんの数十年前。それまでは長い眠りについており、活動を始める『その時』を待っていたらしい。
数十年前に活動を始めた魔人達はしかし、わずか数年で封印される。当時現れた
しかし数ヶ月前、その魔人達の封印が解けた。そして再び、魔人達は人類に対する戦争を開始した。
「魔人達の攻撃は熾烈を極めています。奴らは魔獣や怪物どもの軍勢を率いて人類の国を襲撃しているのです。奴らの目的は人類の殲滅、交渉の余地はありません。人類は今、奴らとの全面戦争に突入しています。」
脇にいた騎士団長ハイメがドゥーべの言葉を引き継ぐ。
「……戦況ははっきり言って芳しくありません。魔人達の力と『権能』は強力だ。そして疲れも恐れも知らない怪物達の軍勢。このままではそう遠くないうちに、人類は奴らを押し戻せなくなるでしょう」
「人類史上、唯一『魔人殺し』に成功したのはこのハイメ団長の《断絶》の権能だけです。人類が生き残るためには一人でも多くの『権能』の使い手が必要なのです」
そう言うドゥーべの表情には悲壮さが満ち溢れていた。
(どうやら嘘は言っていないようだが……しかしまるで終末論だな)
久頭は《感知》を使いドゥーべ達この場にいる人間全ての心拍数、血圧、発汗の様子、息遣い、視線の動き等の変動を把握しながら話を聞いている。通常、人間は嘘をつくと心拍数が上がったり冷や汗が出たりと心理的ストレスによる何らかの生理現象が発生する。これらを測定することで嘘発見器は嘘を見分ける。《感知》を使うことで、同様に嘘をついているかどうかがある程度判別可能だ。
もっとも、この方法は嘘発見器と同じように確実ではない。優れた演技力があれば全く反応を見せずに、自然と嘘をつくことは不可能ではない。しかし、この場の全員にそんな演技力があるとは考えづらい。彼の言葉に嘘があれば、誰かは何らかの反応を示してしまうはずだ。つまり、少なくとも嘘八百で自分たちを騙しているわけではない。
だが、元の世界の価値観を持っている久頭にとっては『創世から存在する』とか『ただ人を殺すことが目的』といった説明を鵜呑みにする気にはならなかった。彼らがそう信じ込んでいるにせよ、その内容が事実かはまた別の問題だ。
元世がおずおずと手を上げながら言う。
「あの、権能を持っていたら必ず戦わないといけないのでしょうか。わたし達は戦いなんて縁のない世界から来ました。突然戦争と言われても……。それに、わたしの権能は戦闘向けでもないですし……」
「何も前線で戦うことだけが、我々の戦いではありません。あなたの権能は《回復》でしたね。傷ついた兵士たちを癒すことができるその権能には計り知れない価値がある。前線で戦う方々にしても、訓練もせずに戦場に赴くわけではありません。むしろ貴重な権能持ちであるからこそ、十分な訓練と備えをし、ここぞと言うところでその力を奮っていただくことになるでしょう。それに、訓練期間中に権能が完全に目覚める方々もいるかもしれません」
続いて宝木が質問をする。
「私達、元の世界に帰ることはできないのでしょうか? 元の世界で死んでしまった、と言うのは本当のことなのでしょうか?」
「……ふむ、今は我々もそれどころではありません。しかし魔人達との戦争に片がつけば、元の世界への帰還方法を探す、そのお手伝いすることを誓いましょう」
「は、はい……」
久頭は舌打ちしたくなる衝動をどうにか抑え付ける。
(……もはや何が何でも俺達を戦争に参加させる気だ。戦場で死ぬリスクはどれくらいだ? こうなればさっさと城を抜け出して街で生きる方法を探した方がいいか……)
久頭達の及び腰な空気を感じ取ったのだろうか。その時、騎士団長ハイメが静かに演説を始めた。
「……今日この世界に来たばかりのあなた方に、このような話をしても容易には受け入れがたいことは分かっています。私とて、本心を言えばあなた方のような未来ある若い方々に戦争に参加して欲しくはありません。戦争などと言うものは、本来私たちのような武人の役割です。
しかし、魔人達にはそのような理屈は通用しません。奴らは極めて狡猾に、人間を殺し尽くそうとしています。そこには男も女も子供も老人も区別はありません。ただ一人残らず殺す、それだけの存在なのです。例え今この戦いから逃れたとしても、奴らの標的であり続けることは変わりません。
今回の遠征で、私達の騎士団は魔人を討とうとしました。あれだけの大規模な魔物の軍勢です、必ず魔人が率いていたはずだ。私達は死に物狂いで戦い、多くの魔物を討ち、そして騎士団にも多くの犠牲を出しました。それでも魔人を討つ、そのために前に進み続けた。しかし、遂に魔人はその姿を現しませんでした。
忌々しいことですが……奴らは賢い。『魔人殺し』たる私がいることを察知し、戦いを避けたのでしょう。ひたすら引きつけるような動きをし、騎士団を消耗させることだけに徹している、そんな動きでした。
私は悔しい。本当であれば、私のこの手で一匹残らず奴らを駆逐してやりたい。しかし、奴らを殺し切るには私だけでは駄目なのです。人類全ての力を結集させなければならない……そして、あなた方
この世界もあなた方の世界と同様、一人一人の人間がその人生を歩んでいます。私は彼らの人生を守りたい。だからこそ、罪もない人間を殺していく魔人達を許せない。
簡単には決断できないことです。どうぞ熟考してください。そのあとで、一人でも多くの方にこの戦いに参加していただきたいのです」
それは命を賭した戦場に身を置き、数多くの悲劇を目の当たりにし、それでも前に進み続けた一人の男の言葉だった。久頭達は彼のことも、この世界のこともまだ殆ど知らない。それでも彼の言葉には確かな重みがあった。
「……この通りです。よろしくお願い申し上げます」
そう言ってハイメは兜を脱ぐと、頭を深々と下げた。
「お待ち下さい、英雄のあなたがそのようなことをしては……!」
ドゥーべが慌てて止めようとする声は、しかしさらに別の声に遮られる。
「……私からもお願いします」
それまで聞くに徹していたユリアナ王女が、立ち上がりながら言う。
「ひ、姫様まで……!」
「私たちには、あなた方の力が必要です。是非とも……」
――しかし、王女に言えたのはそこまでだった。
「困るなあ。勝手に話を進められちゃあ」
ありえない声がした。
――ひゅっ。
それは、王女の喉から空気が漏れる音だ。
無造作に掴まれた少女の首から出た音だ。
「バカな……どこから……」
一杉が呻くように声を漏らす。
いつの間にか、王女は背後の青年に片手で首を掴まれながら、動脈にナイフを突き当てられている。
いや、ただの青年ではない。
頭には、2本の捻じくれ曲がった角が。
「魔人……!」
振り返ったドゥーべの、上擦った声。
動悸、息切れ――動揺。
「
青年はニヤニヤとしながら、そう
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