第6話 検証
「カップ&ボールって知ってる? あんな感じ」
喋りながら適当な石を拾う。と同時に、視界に入った騎士団の人間を《分析》で視る。
(やはり権能はなし、か。)
久頭は騎士団の人間を片っ端から《分析》で見ているが、団長のハイメ以外には権能を持っている人間は見つからなかった。
(つまり――権能持ちはかなり希少な存在である可能性が高い。そして持っている権能の数は必ずひとつ)
一方、久頭は現時点でも五つの権能を保有している。これがバレれば間違いなく目立つ。目立つだけならいいが、《接収》で権能を奪った事が露見する可能性が出てくる。
(問題は《分析》だ。他人のステータスを見る方法が無ければ問題はないが、自分以外にも《分析》かそれに類する権能持ちがいる可能性も考慮しておくべきだろう)
この問題に対処するために必要な検証。
それがこれから行う手品もどき、というわけだ。
「ここにありますは2つのカップと1つの石」
適当な口上を述べつつ、ボールっぽい石に注目を集める。
「石をこちらのカップに入れ――」
口を下向きに置いたカップを少し持ち上げ、石を入れ、再び下ろす。
「そして何回かカップを入れ替える」
適当な回数シャッフルする。そんなに速い速度でもなく、普通に目で追っていればどちらに石が入っているかはわかる程度だ。
「さて、どちらに石が入っているでしょう?」
「……なんかのひっかけ?普通にこっちでしょ」
当然、元世は石が入っているカップを指差す。検証のためだからそれでいい。
(権能:《隠蔽》――【
久頭は石に《隠蔽》をかけた後、コップを開けてみせる。
「あ、あれ?ない?逆のコップ?目で追ってたはずなのに……」
動揺で元世の目が左右に動く。
「いや、逆にも入ってないぞ」
そう言いつつもう一つのコップを開ける。
「え?じゃあどこに……」
「実は始めのコップであってるんだ。もっとよくここを見てみて」
「ええ?そんなこと言ったって無いものは無いし……」
言いつつも《隠蔽》された石がある付近を目を凝らして見始める。
(1、2、3……)
「え、あった!あれ、急に現れた?どうやったの?」
心底不思議そうに元世が訪ねる。どうやら何も無いところに急に石が現れた、と感じたようだ。
そこに隣で見ていた宝木が声をかけてくる。
「……ねえ久頭くん。私にはずっと石がそこにあるように見えてたんだけど」
「……ああ、今のはちょっとした死角を利用したトリックだからね。見てる位置が違うとひっかからないんだよ」
適当にそれっぽい言い訳をしながらも、久頭は検証結果に満足していた。
(《隠蔽》の効果はほぼ把握した。あるはずだと思って注意すれば約3秒後に認識できる、その程度だな。もうひとつ気になる点はあるが……。そして、宝木の権能の効果もほぼ確信が持てた)
「よかったら宝木さんのコップも貸してくれる?3つあればちゃんとしたカップ&ボールもできるんだけど」
「いいよ、見たい見たい!」
「なんか悔しいな〜。今度こそトリック見破ってやる!」
そんなこんなで、普通に手品のカップ&ボールをやって見せているうちに休憩時間は終わった。
♢
休憩後の馬車内は、休憩前とは打って変わって静まり返っていた。
「ふふふ、みんなよく寝ているね」
一杉が久頭に話しかける。実際、クラスメイトの大半はうたた寝を始めていた。
「……ああ、よく寝れるもんだな。こんなわけのわからない状況で」
「こんな状況だからこそ、さ。短時間で色々あったからね、張り詰めていた緊張の糸が切れたんじゃないかな」
「……そんなもんかね」
暮れ始めた日の光が、馬車の中にも差し込む。
「……お母さん、お姉ちゃん……」
そんな中、宝木が寝言を呟くのが聞こえた。
(……家族の夢でも見ているのだろうか)
久頭にはわからない感覚だ。両親は家の外での仕事が忙しく、久頭は幼い頃から家族の触れ合いというものがあまりない。VR勤務が一般的になった時代には、そういった境遇の方が珍しい。とはいえ、久頭は自身のそういった境遇に不満を持ったことはない。ただ家族を夢に見るほど懐かしむ、という感覚がわからないというだけだ。
(でも、まあ。多分悪い夢ではないのだろう)
黄昏色に染まった彼女は、穏やかな表情をしていた。
♢
日が沈み切ってしまう前に、一行は王城に到着した。
「お帰りなさいませ、団長!お客人の皆様も、よくぞおいでくださいました」
いかにも気の良さそうな兵士が門を開けながらそう言った。
「今帰ったぞマルコ、我が友よ!知らせは届いているな?」
「そりゃあもちろん!もてなしの準備はできてるぞ!おお、トゥレイスも元気そうだな!」
「ハハハ……」
「どうしたどうした、元気が足りんぞ!」
「マルコ、今夜一杯どうだ?」
「悪いな、今夜は塔で見張りだ。また明日な!」
彼は団長ハイメや団員達と快活に言葉を交わしていく。
「王城ってどんなところかと思ったけど……なんだか賑やかそうだね?」
「いや、どうだろう?」
あの人が賑やかなだけじゃないだろうか、多分。
そんな一幕がありながらも、王城の中に案内される。
「うわっ……」
「きれい……」
一歩踏み入れた瞬間に口々に感嘆の声が漏れる。
(外観からも立派な城なのは十分わかっていたが……中はそれ以上だな)
豪華絢爛な内装、意匠の凝らされた細工の数々。それらはひと目で見るものを圧倒し、感動させるに足るものだった。VR上で様々な宮殿を訪れたことのある久頭達でさえも息を飲むほどだ。
案内を受け大きな広間に通されると、長机に食器の準備がされていた。
長机の奥にいた一人の老人が口を開く。
「ようこそ
言葉を切り一同を見渡してからにっこりと微笑み、こう続けた。
「我々は皆様の来訪を心より歓迎いたします。堅苦しい話は後にして、まずは御食事をお楽しみください」
その言葉を皮切りに次々と料理が運ばれてくる。
見た目だけでも贅を尽くした高級料理であるのは間違い無いようだ。
(予想通り権能持ちが希少であるとすれば、俺たちを何かに利用しようとする可能性は高い。毒とは言わなくても何らかの薬物は盛られている可能性があるな)
久頭は口に入れる前に、《分析》で料理を視る。
(原材料を見たり、成分を見たりはできるようだ。が、その成分が毒かどうかは知識がないとわからないな。)
久頭が見た事のない名前も多く並んでいる。《分析》はこの世界の専門知識が無いと十全には活かせない権能のようだ。
「ん〜〜うんまあい!」
そうこうしている間に、さっさと料理を食べ始めた元世達が歓喜の声を上げる。
(脈拍わずかに上昇、発汗少、軽い興奮状態だな。他目立った変化はなし。興奮剤を使ったにしては変化はわずか。単純に感動しただけだろう。少なくとも速攻作用のあるものはなさそうか?)
久頭はクラスメイト達の反応を詳細にモニターしながら考察する。《感知》の権能を使えば容易に他人の脈拍や息遣い、発汗の様子まで把握することができた。
(いつまでも食べないのも不自然か。元世の意識さえあれば《回復》で薬物の効果は消せるはずだしな)
そう考えつつ料理を口に含む。
瞬間、予想だにしないコクと旨味が口の中に広がった。
(……うまい!口に入れた瞬間に広がった旨味が噛んでいくほどにさらに深みを持って何重にも広がっていく!コクの重厚さと絡み合う味の複雑さ、それらが絶妙なバランスで仕上げられている……!)
今まで久頭が食べた料理の中でもダントツで複雑で奥深い味わいだと断言することができる。
気づけば夢中で料理を食べ尽くしていた。
「食事の後はお風呂の用意もございます」
どうやらこの世界にも風呂があるらしい。
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