第5話 騎士団

「いやあああああああああああああああああ!」


 森に宝木の絶叫が響き渡る。

 久頭に引き倒されながらも、首だけで振り向いていた彼女は久頭の腕が食いちぎられる様子を間近に見て、血を浴びていた。


(なにかが……高速で……!)


 あまりの激痛と大量に血液が噴出し失われることによって意識が飛びかけながらも、久頭の《感知》は新たに何かが高速で近づいて来ていることを捉えていた。


(警告を……獣もまだ……)


 新たな未知の脅威とまだ生きている獣。そのどちらにも対処しなければならない。

 しかし、久頭はもはやまともに激痛によって言葉も発することができず、宝木は自分を庇った久頭の大怪我に動揺し我を失っており、他の面子はもはや遠くて間に合わず――。


 そして、それは現れた。

 一陣の風の如く久頭達に高速で接近し――。


 一閃。


 ゴトッ。


 それは、切断された獣の首が地面に落ちた音だった。


「間に合いませんでしたか……まずは止血を」

 傍らに現れ、そう久頭に呼びかける男の手には剣が握られている。

 彼が目にも留まらぬ早業で獣の首を両断した結果だった。



(味方、なのか?……まずは腕を……)


 朦朧とした意識の中で、久頭はなんとか声を発する。


元世もとせ元世もとせ 実環みかん!」

「なっなに!」


 他のクラスメイトと共にこちらに駆け寄ってきていた元世が青い顔で答える。


「権能、《回復》をっ、ケホッ……」

「えっ!?権能!? えっとえっと……」


 パニクる元世を、すかさず意図を察した一杉がフォローする。


「そうか、権能で治療ができるかもしれない。元世さん、権能に注目して【起動】して! VRみたいな感じで!」

「はいっ! えっと……、《回復》【起動】!」


 ほとんど食いちぎられ僅かな皮のみで辛うじて繋がっていた久頭の腕は、映像を巻き戻ししているかのように繋がっていき――瞬く間に食いちぎられる前の状態に完全に回復していた。


「本当に治った……!」

「だ、大丈夫なの!?」


 元世は目を丸くして自分の権能のもたらした結果に驚いていた。宝木も驚愕しながら声をかける。

 久頭は手を開いたり閉じたりしながら、感覚に問題がないかを確かめる。


「んっ……問題なさそうだな」


 痛みの余韻は残っているが、身体的には完全に元の通りになっていた。



 そのとき、パチパチパチ、と手を叩く音が聞こえた。

「……素晴らしい権能ですね。やはりあなた方は――」


 それは鮮やかに獣を切った男の拍手だった。


「――失礼、申し遅れました。私は騎士団長、ハイメ」


 男は一同を見渡し、言葉を続ける。


「ようこそ越境者ジャンパーの皆様、こちらの世界へ」





「ありがとうございます。助けて頂いた上に、馬車にまで乗せていただけるなんて」


 一杉がにこやかに話している。大人相手でも物怖じしないが、物腰が丁寧で相手に不快感を与えていない。そういう言動が自然とこなせるタイプだった。


(つまり爽やかイケメンは何をやってもさまになる、ということだな)


 久頭は思い出す。羽交い締めされた時に感じたが、顔に似合わず筋肉はかなりがっしりとついているアスリート体型だった。


(さっきも早々に権能を応用しながらも機敏に立ち回っていた。頭もキレるし体も動く万能タイプ。味方でいる限りは頼もしいが……)


「いいえ、お気になさらず。越境者ジャンパーの皆様をこんな森の中に置いていくわけにも行きますまい。どうぞ、ごゆるりとお過ごしを」


 一杉と話しているのは、騎士団長ハイメと名乗った男だ。フルプレートに身を包んだ、いかにも西洋の騎士といった格好。表情は和やかだが、その顔は常に死地に身を置いている者に特有の凄みが満ち溢れている。間違いなく凄腕の武人だろう。


(少なくとも名前は偽っていない、か。そして――権能を持っている)


 久頭は既に、《分析》でハイメのステータスを確認している。


『NAME: ハイメ  レグルス

 AGE:50

 権能:《断絶》』


(助けてもらったのは間違い無いし、あの剣の冴えだ。ほとんど見えなかったが、凄まじい技量だった。俺達を害するつもりならとっくにどうにでもできている。とりあえずは信用してみるしかない、か。どちらにしろ獣達がいる森の中にいるのは危険だ。)



 ハイメが久頭達を助けて幾らかの時間が経った後に、遅れてきた彼の騎士団が合流してきた。ハイメ曰く――彼らは遠征から王城への帰途であったらしい。そして森の中に突然現れた『光の柱』を見つけた。するとハイメは隊列を置き去りにし、全力で『光の柱』のあった付近に駆け付けた――と言うことらしい。


「『光の柱』が現れるところには越境者ジャンパー、つまりあなた方のような異世界からのお客人が現れる、そういう言い伝えがありましてな。もしやと思い急ぎ駆けつけましたが、早速獣に襲われているとは……。結果的には大事なくて何よりでした。そちらのお嬢さんの権能は素晴らしかった」

「いっ、いえ!恐縮です……」


 そんなやりとりもあり、彼らの馬車で王城まで同行させてもらうことになった。なんでも、「越境者ジャンパーを見つけたら保護し、王城まで送り届けること」も騎士団の義務だそうだ。




 そんな馬車の中、他にもお礼を言う人間がいた。


「本当に、ありがとうございました……!」


 もう何度目かの宝木の言葉を聞きながら、久頭は息を吐いた。


「いいって宝木。こっちも戦闘中は助けてもらったんだし、お互い様だ」


「ううん、あれは完全に油断していた私が悪いんだし、そのせいで腕があんなに……さっきだって私、ビンタもしちゃったのに……」


「それも俺のためにやってくれた事だ、気にしないで欲しい」


「……うん、ありがとう」


 ようやく納得してくれたのか、はにかむように笑う。


(しかし、コロコロとよく表情が変わるもんだ。)


 久頭は変に感心する。顔立ちだけでいえば、宝木は人形のように整っている。

 綺麗な黒い長髪も相まって神秘的な印象すら与えそうな容姿だが、そんな感じは全くしない。


(無表情で黙っていれば、綺麗すぎて怖いくらいだろうが……人間味があるというかなんというか)


 宝木の隣に座っている元世が茶々を入れる。


「そんな奴にそんなにお礼言わなくても良いよ、りっちゃん。怪我だってわたしの権能でバッチリ治ったんだしさ。ねっ、クーくん?」


 ミディアムくらいの茶髪である元世は、比較的普通の女子といった感じの見た目をしている。あくまで整い過ぎている宝木と比べれば、の話だが。


「……りっちゃん?そう呼んでるのか?」

宝木たからぎ 璃穂りほだから、りっちゃん。かわいいでしょ?」


(あだ名の由来がわからなかったわけではなく、あだ名で呼ぶほど仲良くなっているのが意外だっただけなんだが……)


 とは思いつつも、口をつぐむ。この手の応答を始めると不毛な会話が続くだけだ。


「聞こうと思ってたんだけど、みーちゃんは久頭くんと前から知り合いなんだ?」

「そ、前の学校からね。そんな仲良いわけでもないけど、腐れ縁というか。クーくんって呼んでるのも半分嫌がらせだしね」

「へ〜、このクラスに同じ学校から来るって珍しいね」


会話はいつの間にかそんな他愛もない内容になっていた。


「宝木も元世をあだ名みーちゃんで呼んでるんだな」

「うん、女子はみんなそうだよ」

「そっか、クーくんはあんま登校してないから知らないんだ。入学式以来?」

「別にいいだろ、そういうクラスなんだし」


 VRの登場で学校教育のあり方も変わった。今やほとんどのカリキュラムはVR空間内で終わらせることができる。それに伴い『学校』という大きな括りも義務教育までで終わり、目的とレベルに応じた小規模な『クラス』に所属するのが今時の教育だ。それでも普通の『クラス』は週2程度は『登校』するものだが、久頭達のクラスは全く登校義務がない特殊な『クラス』だった。

……とはいえまったく登校しない生徒もやはり珍しいのだが。


「ま、それはいいんだけど……意外かな、やっぱり。そんな風に他人には興味なーしって感じのクーくんが身を挺してりっちゃんを守るってのはさ」

「……そうか?」


 咄嗟に体が動いた結果であり、久頭自身もなぜそんな行動を取ったのか、はっきりとはわかっていない。


「ふ〜ん。やっぱり、りっちゃんが可愛いからかな?」

「……なるほど一理ある」

「ねえ揶揄からかってる? 絶対に揶揄ってるよね?」


 言いつつも顔が真っ赤になっている様子に自然と周囲から笑いが起きる。つられて自分もひとしきり笑った後、宝木がポツリと呟いた。


「なんだか不思議だね。同じクラスなのに話したことのなかった久頭くんと、異世界に来たらこうして話してるって」

「……そうかもな」


 あるいは。

 もし事故なんてなかったら。

 異世界になんて来ていなかったら。

 久頭は今まで通り学校にもろくに行かず、こんな風に話すこともなかったかもしれない。

 そんなことを思った。







 会話をしている間に、日はすっかり昇りきり昼になっていた。


「ここらで一度休憩にします。夕方には王城に着きますので」


 森を抜け開けた場所に来ると、ハイメの号令で騎士団が休憩を始めた。


(意外と体がバキバキになってるな)


 体をほぐしながら一度馬車を降りる。サスペンションが効いているのだろう、意外にも馬車の乗り心地は良かった。ただ座りっぱなしでは体が固まるのは避けられない。


「どうぞ、水です。若い越境者ジャンパーの皆さん」


 そう言って久頭達に水を渡してくれたのは騎士団のトゥレイスという青年だった。若い、とは言っているが彼もせいぜい20歳そこそこにしか見えない。騎士団の面々は皆ハイメと同じフルプレートを身につけているが、顔が見えるタイプの兜なので若い年代も多くいることが見て取れた。


「若いは余計でしたか、失礼。越境者ジャンパーと聞いてどんな方々なのかと正直不安もあったのですが、普通の若い方々で安心したものですから」

「いえ、お水ありがとうございます。変わったコップですね」

「木の皮を使用した使い捨てのものです」

「なるほど……」


(紙コップみたいなものか。じゃ、遠慮無く使わせてもらおう。)


 水を飲み終わった頃に、久頭は声をかける。


「元世、飲み終わったらコップを貸してくれないか」

「いいけど、なんで?」


 ニヤリ、と笑いながら久頭は言った。


「ちょっとした手品を見せようと思ってね」


――ただし、種も権能しかけもあるけどな。

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