第4話 異界、森、獣

「ここは森……か?」


 光が収まると、久頭達は樹々の中にいた。

 薄暗いが完全な暗闇ではない、夜明けか夕方の時間帯だろう。

 見渡す限り樹々が鬱蒼と茂っており、地面には葉っぱ、木の枝、実、石が散らばっている。

 どこかの森の中、といった風景であり異世界かどうか久頭には判別がつかなかった。


「おいおい、まじでいきなり異世界送りかよ!」

「本当にここ異世界か? あの人の話もどこまで信用できるか……」

「壮大なドッキリ、だったりしませんか?」

「わたし、展開についていけてないんだけど……」

「私も、急に死んだとかなんとか……」

「……」


 クラスメイト達も全員同じ地点に送られたようだ。

 他のクラスメイト達は口々にしゃべり始めているが、最後に質問していた一杉ひとすぎは何かをじっと考えているようだった。



 久頭はそんな彼らのリアクションを横目に、現状把握に努める事にした。


(そもそも暗くて周りが見えづらいな……ならば、)


 彼が手に入れた権能には、まだ使っていないものが3つある。

 『《感覚》:対象を感知する』

 『《必中》:射出した対象の到達点を設定する』

 『《隠蔽》:自身とその所有物を認識されにくくする』

 彼はそれを使ってみることにした。


(権能:《感覚》――【起動activate】)


 彼が対象としてイメージしたのは赤外線だ。暗視装置のように赤外線を感知することができれば、暗い中でも視界を確保することができる。

 その試みは成功し、暗視装置で見ているかのように暗い森の中でも辺りを把握することができた。


(この権能もなかなか使えそうだな――ん?)


そして辺りを見渡していると、視界の端に動くものが見えた。


(いまなにか――)



 その時、一杉が声を発した。


「【ステータスオープン】」


「えっなに?」


 急に声を出した彼に周りが反応する。


「やはりそうだ、小説のようにステータスウィンドウを見ることができるんだ。そして権能……これがスキルのようなものか……」


 一杉はステータスウィンドウを確認しブツブツ呟くと、こう大声で続けた。


「みんな、聞いてくれ! 【ステータスオープン】と言えば自分のステータスを見れる! その中に権能の項目があるはずだ! みんなの権能を確認して教えて欲しい!この世界で生きるキーポイントになるかもしれない!」


 彼の呼びかけにクラスメイト達は自分のステータスを確認し始めた。




 一方、久頭はそれどころではなかった。


(何か見えた気がしたが木の死角に入ったか? ならば臭いと音もイメージして……)


 《感知》の感知対象を増やしイメージしなおす。

 すると、いままで通常の感覚ではわからなかった多くの臭いと音……。


(歩く音、獣臭。ま、まずい……まさか!)




 クラスメイト達の会話は続いている。


「本当にウィンドウが出た! VRみたい!」

「わたしの権能は……《回復》?」

元世もとせさん、権能に注目するとさらに詳しい説明が出るみたいだ」

「本当だ! ええっとなになに〜……」


 そこに久頭が切迫した様子で叫び出した。


「全員今すぐ武器を持て!枝でも石でもなんでもいい!」



 一杉が怪訝な顔で聞く。


「急にどうしたんだい?」

「狼のような獣に囲まれている! 奴ら、俺達を襲うつもりだ!」


 久頭が感知で見つけたもの、それは彼らを遠巻きに囲み、ジワジワと包囲網を縮めていっている獣の群れだった。その数、20以上。


(野生の獣が相手、こちらは丸腰。しかもこの数……俺一人では絶対に対処できない)



「っく! 全員彼の指示通りに! 戦える人は前に――」


 一杉達が警告に反応する頃には、久頭の《感知》は一匹の獣が先走って突っ込んでくるのを捉えていた。


「チッ、っらあ!」


 久頭は舌打ちし、気合を入れながら適当な石を力の限りぶん投げた。

 と、同時に権能を起動する。


(権能:《必中》――【起動activate】)


 思ったよりも速い速度で飛んでいった石は、設定された通り獣の眉間に命中し、一撃で昏倒させた。


(意外に速度が出る――身体能力が上がっているのか? ともかく急所である眉間にぶち当てれば昏倒はさせられる――)


 迎撃にも怯まず、続々と獣は襲いかかってきていた。


「こっちは僕が!」


 自然に久頭とは逆方向を警戒していた一杉も襲い掛かる獣に石を投げる。

 彼の投げた石は久頭の投げた石よりはるかに速い速度で獣にぶち当たり、粉々に砕け散った。


(威力が違いすぎる――投擲する腕力を《強化》しているのか?)


 考えながらも久頭は石を投げつつ獣達を迎撃する。


(1個づつ投げていては間に合わない……ならば!)


 石を3つまとめて拾い、


(それぞれの石に目標を設定イメージ、狙いは権能に任せられるから威力に集中する)


 コントロールは気にせず、力の限り投げる。


(権能:《必中》――【三重起動】)


 石はそれぞれ狙い違わず飛んでいき、2体を倒す。

 しかしもう一体は――


(防いだだと⁉︎)


 仲間の犠牲を見て学んだのだろう、前脚を器用に軌道上に出し石を受けることで、眉間への直撃を防いでいた。


(くっまずい!)


 その一体は前脚のダメージも気にしていないかのように久頭に突っ込んで来て――。


「はああっ!」


 裂帛れっぱくの気合いと共に振り下ろされた木の枝に、頭蓋を砕かれながら叩き落とされた。


「寄ってくる分は私が倒す! 投擲とうてきに集中して!」


 それは、フォローに入った宝木たからぎ 璃穂りほの与えた打撃だった。


「助かる!」


(明らかに素人の動きではない、武術の心得があるのか。今時珍しいが……この場面ではありがたい)


 とはいえ、投擲を防がれるという問題は残っている。投擲が致命打にならなくなれば、全ての寄ってくる獣は捌き切れないだろう。


(策はある)


 再び石を拾い、自分の所有物だと意識した後、投擲。


(権能:《隠蔽》《必中》――【並列起動】)


 獣は飛んでくる石にまるで気がついていないかのように走り――眉間に石を受け昏倒した。

(そもそも飛んでくる石を認識できなければ防ぐこともできない。《隠蔽》で石を認識されにくくできればと思ったが、うまくいった)


 《隠蔽》の説明は『自身とその所有物を認識されにくくする』であるが、もともと誰のものでもない石であれば拾った程度でも自身の所有物と判定された。また、投げた後でも《隠蔽》が効くのかは賭けだったがこれも問題なかった。そして最大の問題は『認識されにくくする』の程度であったが、石を投げて到達するくらいの間であれば認識されない程度には、認識阻害が働くようだった。





「はあ……はあ……」


 ひたすら石を投げ、寄ってくる獣は宝木たからぎが叩き潰す。

 そんな戦闘をしばらく繰り返すと、生き残った獣達も一定の距離以上に近づかなくなった。


「グルルル……」


 獰猛に唸り声をあげながらこちらを睨みつけているが、じわじわと後退し距離を離していっている。


(ギリギリなんとかなったな……)


 肩で息をしながらも、久頭は最大の危機は超えたと感じていた。

 逆方向では一杉が《強化》で石を投げ、多くの獣を倒したようだった。


(最後の方では、一杉の投げた石は獣も木も貫通しながら飛んでいっていた。あれは《強化》した腕力で投げた石の強度を《強化》していたんだろう)


 他のクラスメイト達も石を投げたり、木の枝で応戦したりと各々が戦っていた。全員疲労はしているが、幸いにも怪我人は出ていない。


 やがて、視界からすっかり獣が退いた。

 だというのに、久頭はなにかとてつもなく嫌な予感がし始めていた。


久頭くずくん、で名前合ってるよね?」


 宝木は気を抜いたように話し出し、


(なんだ、何かを見落としている。そう、《感知》だ。臭いが――)


「あの、ありがとう。それでさっきは、あの、つまりあの白いところでだけど――」


(残っている。どこだ、近くに――)


「平手打ちなんかしちゃってごめんなさい。痛かった、よね?とにかくそれを謝りたく――」


「――上だ!」


 とっさに久頭は右腕で宝木の肩を掴み手前に引き倒し、彼女の首の後ろに庇うように左腕を突き出した。

 その瞬間。

 彼女の死角の木の上に潜み、首筋に食らいつこうと飛びかかっていた獣の牙は代わりに久頭の前腕に深々と突き刺さり――。



 ぶちぶちぶちぶちっ――



 筋繊維の一本一本が引きちぎられる嫌な音を響かせながら、彼の左腕はあっさりと喰いちぎられた。

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