第3話 分析

(神の使い、ね――これも小説に一致。)


 久頭にとって神、あるいはそれに類する者が現れる事は半ば既定事項だった。

 ここまで状況とよく一致してきた異世界小説でも、そうした存在が出てきたからだ。

 小説内では現世で死亡した主人公達は一度死後の世界で神に出会い、何らかの会話をする。その後で異世界に転生あるいは転移をすることになる。

 久頭の予想ではこの『白い空間』は小説内の『死後の世界』にあたる。であれば、いずれそういう存在は出てくると思っていた。

 だからこそ、彼は《接収》の発動を急いだ。神が出てくれば注目は神に集まり、不自然に動くことはますます難しくなる。そしてこれも小説によれば――神の話が終わればすぐに自分たちは異世界に送られる。この時、クラスメイト達と同じ地点に送られるとは限らない。つまり、《接収》の発動タイミングは神が出てくる前の僅かな時間しかない、そこまで久頭は考え即座に行動に移った。


「えっ? 急に光って、それで人が現れた? え?」


「神の使いってのはどういう――」


「……おいおいえらい美人なお姉さまだなあ!」


 クラスメイト達が口々に反応を示す。


「もしや……いや、であれば……」


 久頭の耳元でもなにやら呟く声が聞こえた。


(やめろ、息がかかる)


 久頭はまだ一杉ひとすぎに羽交い締めされたままだった。


「なあ、離してくれないか。俺はもう大丈夫だ」


「えっ? ああ、すまない。今離れるよ」


 彼らがそんなやり取りをしている間に、神の使いと名乗る女性は話しはじめていた。


「いろいろと聞きたいことはあると思いますが、順を追って説明しましょう。まずあなた達は――既に一度死んでいます」


 場が凍りつく。死、という衝撃的な内容に反して彼女の口調は至って平坦だった。

 現実離れした美貌、変わらない表情、白く輝く髪――それら全てが彼女が神に連なる者であることを象徴しているかのようだった。


「しかし、それは単にあなた達が元いた世界での肉体的な死というだけの意味に過ぎません。あなた方はこれから別の世界、あなた方にとっての異世界で生きていくことができます」



 彼女の言葉を聞きながらも、久頭の注意は別のことに向いていた。

 彼が手に入れた権能に気になるものがあったからだ。


『《分析》:対象の情報を読み取る』


(試してみるか)


 思考コマンド実行。対象を視る。


(対象指定:一杉ひとすぎ 優人ゆうと。権能:《分析》――【起動activate】)


 果たして、《分析》は彼の予想通りの効果を発揮し、新たなステータスウィンドウが現れた。


『NAME: ヒトスギ ユウト

 AGE:15

 権能:《強化》』


(他人のステータスを見ることができるのか。他のことにも使えるだろうが――)


 自身のステータスウィンドウと同様、久頭以外にウィンドウが見えている様子はない。

考えながらも他のクラスメイト達のステータスを確認していく。


『NAME: モトセ  ミカン

 AGE:15

 権能:《回復》』


『NAME: センジュ  チヒロ

 AGE:15

 権能: 』


 他3人のステータスも同様に権能欄が空白になっていた。権能を奪われた人間の権能欄は空白になるようだ。


(《強化》も《回復》も使い勝手が良さそうな権能だな。)


 しかし《分析》で見たステータスウィンドウでは権能の説明まで表示させることはできなかった。


(そしてやはり問題は――)


 宝木たからぎ璃穂りほ。条件を満たしながらも唯一《接収》で権能を奪えなかった少女。彼女のステータスは《分析》で見ることができなかった。


(そもそも彼女を対象に権能を発動できていないんだ。つまり――)




 久頭が思考している間にも、神の使いと名乗る女性の話は続いていた。


「ここは元いた世界と異世界の間にある境界線上のような場所、そうお考えください」

「異世界ではあなた達は新たな肉体を得ます。といっても、顔も見た目も年齢も元の世界でのものと大きくは変わりません」

「異世界でも言葉に困ることはありません。あなた方はその世界の言葉を自然に理解し、扱うことができます」


その時、声を上げるものがいた。


「失礼、質問よろしいでしょうか」


それは久頭を羽交い締めした少年、一杉ひとすぎだった。


「……なんでしょう」


「僕たちは、なぜ異世界に行けるのでしょうか。何か使命とか、やらなければいけないことがあるとか……」


「――何もありません」


 一杉の質問を遮るように断言した女の声には、先ほどまでの平坦な調子とは一転して突き放すような響きがこもっていた。


「使命など、ありません。あなた達は好きに生きればいい、それだけです」


「……い、いやしかし」


 急変した態度に一瞬呆気にとられかけていた一杉がそれでも反論を試みようとした、そのとき。


「それでは――異世界にお送りします」


 女は突然そう告げた。

 するとたちまちクラスメイト達の肉体は輝き始め――。


(待て! おかしいぞこの女――)


 久頭は思わずあげかけた声をどうにか堪えた。


(こいつは肝心なことを説明していない。なぜ――)


 疑問を感じながら女を視る。


(――えっ?)


 彼らの肉体が発する光はますます強まり、最後に一際大きく輝くと――久頭達は異世界に送られた。



 最後に久頭が見た女は、何故か泣き出しそうな表情に見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る