第2話 策動

 使用したい権能を脳内で選択し、【起動】と思考コマンドを入力する。

 久頭の思った通り、それが権能の使用方法だった。

 それはVR内でログアウトなどの各機能を実行するときと同じ操作方法だった。

 出てきたウィンドウが違ったとはいえ、【メニューオープン】のコマンドがVRとほぼ同じように使用できた以上、権能の使用もVRでの操作と同様にできるはずだ、と自然に推測した結果だった。


(奪えた権能は――4つか)


 権能:《接収》を使用したことにより、彼のステータスウィンドウには変化が生じていた。


『NAME: クズ リュウガ

 AGE:15

 権能:《接収》

    《隠蔽》

    《必中》

    《感覚》

    《分析》』


(奪えたということは、他のクラスメイトも権能とやらを持っていたということだ。予想通りではあるが――)


 彼が読んだことのある異世界転生する小説。その内容と今の状況は既に偶然の一致では考えられないほどに一致していた。

 彼の読んだ小説では、異世界に転生する人は皆、様々な『スキル』を与えられる。『スキル』は例えばすごく強力な魔法が使えるとか単純にすごい腕力を発揮できると言ったような、規格外の力をもたらす特別な力であることが多い。そんな『スキル』を使って異世界で活躍する、というのが大筋だった。

 彼は自分のステータスにある『権能』が小説内での『スキル』にあたるもののように思えた。そして自分に権能があるのならば、同じくクラスメイト達も権能を持っていてもおかしくないと予想し、実際にその予想は当たっていた。


(思えばメニューウィンドウを出すつもりが、実際に出てきたのはステータスウィンドウだった。小説内でもステータスウィンドウで自分の『スキル』を確認する場面が出てくる。やはり小説の内容に状況はよく一致するようだ)



 なぜ久頭はふらつき、錯乱したかのように暴れ出す演技をしたのか。

クラスメイト達は自分と同じく権能を持っている。その予想を前提として――彼はこの場でクラスメイト達の権能を奪おうと画策した。

 そのための手段が、錯乱の演技だった。


 久頭にはそうする必要があった――少なくともあると彼は考えた。それは小説との状況の一致に気付き、それを基に考えた結果だった。


 《接収》には大きな欠点がある――それが彼がそうする必要があると考えた大きな理由だった。

 《接収》は権能を奪える、しかしまず奪わなければそれ単体では他に何もすることが出来ない。では《接収》を活かすためには一体何から奪うか、という点が問題になってくる。


 実はクラスメイト達から『権能』を奪うというのは大きなリスクを伴う行動だ。『権能』が彼の読んだ小説内の『スキル』にあたるものだとすれば、その規格外の能力がもたらす恩恵は大きい。逆に言えばそんな有用なものを一方的に奪われたと知れば、当然犯人である久頭に怒り、恨みをもつはずだ。


 それでも久頭はクラスメイト達から『権能』を奪うという選択をした。

 それは今を逃してしまえば『権能』を手に入れる手段がほとんど無いのではないか、という懸念があったからだ。彼の読んだ小説では、『スキル』は多くの場合、転生者など限られた者だけがもつ特別な力だ。加えて『権能』という言葉の響きが彼にはひっかかった。それはほとんど直感に近い考えだったが、単に『スキル』や『異能』ではなく『権能』という言葉であることこそが『権能』保持者の希少性を示しているように思えた。

 仮に『権能』を持っているものがほとんどいないとしたら――クラスメイト以外から『権能』を奪う機会は訪れない可能性が高い。


 いや、そもそも――《接収》も権能も使用しない、という考えもある。しかし小説との類似性に思い至っていた久頭にとって、その方針は最も考えられないものだった。小説内での異世界の状況は様々だ。凶暴なモンスターが跋扈している世界であることもあるし、恐ろしい魔王との戦いに身を投じなければいけない世界もある。そんな世界に何の特殊な力も持たずに行くということになれば、たいした取り柄も無い自分はすぐに何も出来ず死んでしまうだろう、そう思えた。

 そんな世界に転生することになったとすれば、『権能』を奪われたクラスメイト達は苦労するだろう。しかし彼にとってはそれほど親しくも無い人々であり、自分より遥かに優先順位が低い相手である。あえて貶めたい相手というわけでも無いが……彼にとってクラスメイト達よりも自分の利益を優先するのは当然のことだった。



 クラスメイト達から『権能』を奪うと決めてしまえば、あとはどのように奪うかということが問題になる。

 前提として――《接収》の説明には『触れた対象の権能を奪う』と書かれている。つまり、『権能』を奪うためにはまず対象に触れる必要があった。

 しかし彼が動きだす前の状況ではクラスメイト達は各々多少の距離を置いて立ち尽くしていた。より多くのクラスメイト達に触れようと思えば、立ち尽くしている彼らの間を蛇行しながら歩き、腕を伸ばして触れていく必要があった――久頭がやったように。


 しかし、ただ触れながら歩いていったのでは、クラスメイト達は一体何のためにそんな行動をしたのか?という疑問を持つはずだ。それはまずかった。いずれクラスメイト達は自身のステータスウィンドウを開き、『権能』がないことに気が付く可能性が高い。その時彼らはどう考えるだろうか。何かが原因で『権能』が失われたとは考えないだろうか?そして――なぜかみんなに触って歩いていた人間がいた、と彼らは思い出すだろう。不自然な欠損と不審な行動、勘のいい者の中には関連を疑う者も出てくるはずだ。中には『権能』を奪う『権能』の可能性にまで思い当たる人間もいるかもしれない。そうなれば久頭は被害者達の怒りで破滅するか……少なくとも敵が増える可能性が高い。証拠は出にくい話だが、だからこそ逆に心象が重要になる。


 ではいかにして、不審さを感じさせずに触って回るか?

 彼はこう考えた――行為に別の意味付けをしてしまえばいい。

 そこに錯乱する演技の狙いがある。彼の狙いは『クラスメイト達に触れていきながら歩いた』のではなく『錯乱してふらつきながら歩いた』という風に思わせることだった。その結果、腕が当たったりかすったりしたが、彼らの意識の中では奇声や暴れる様子といった『錯乱していた』というインパクトのある記憶が強く残り、『触れられた』ことはほとんど意識に上らなくなる。『錯乱して暴れる』というのは目立つ行動ではあるが納得できる理由のある言動であり、『触れて回る』行動のように意味のわからない不審な行動とは印象が異なる。


 実は前提条件として、被害者が彼が触れる前にステータスウィンドウで自身の『権能』を確認していないという点もあった。いくら印象操作を施したところで、触られる前後で『権能』が無くなってしまえば原因に思い当たってしまう可能性が高い。しかし、触られる前にステータスウィンドウを見ていなければ、もっと以前あるいは最初から無かったかもしれないと考え、意識に上りにくく偽装した『接触』には注意が向かない。久頭は行動を起こす前に他のクラスメイトがステータスウィンドウに気付いた様子がないことを確認していた。


(『権能』を奪う予定だったクラスメイト達は7人中奪えたのは4人。奪えなかったのは条件を満たさなかった2人と――)


 久頭は出鱈目に錯乱してるように見せながらも、《接収》の条件検証も兼ねて人によって異なる接触方法を試みていた。

 《接収》の条件を満たした4人は、肌にかすめるように触れる、髪だけに触れる、爪先だけで触れる、強く身体ごとぶつかる、の4条件で触った対象。

 久頭の隣にいて彼の肩を揺すった少女、元世もとせ実環みかんと、久頭を後ろから羽交い締めした体格の良い少年、一杉ひとすぎ 優人ゆうとは『権能』を奪う条件を満たさなかった。


 久頭はこの検証で《接収》の正確な発動条件を把握した。条件を満たしたかどうかの違いは、服を介さずに直接触れたかどうか。ただし髪や爪でも触れた判定になる。

 元世(もとせ)は久頭の肩に触れたが、久頭の服に触れただけで肌には触れていなかった。一杉も羽交い締めし服越しには接触しているが、肌は触れていない。《接収》を発動するためには『権能』を持っている対象に久頭自身が直接触れる必要がある。おそらく権能は一人ひとつ。


(――そしてもう一人。宝木たからぎ璃穂りほの権能も奪えていない。)


 最後に久頭に平手打ちをし、たしかに肌と肌で直接触れたはずの少女。

 彼女の権能も奪うことができていなかった。


(いったいなぜ――。)


 しかし、久頭にその理由を考える時間はなかった。

 久頭が《接収》を【起動】し、瞬時に結果を確認し思考を巡らし始めたその瞬間に変化は起こった。


 彼らのいる白い空間が目を開けていられないほどの眩い光に包み込まれ――。




 光が収まるとそこには、この世のものとは思えないほど美しい女性が現れていた。


「お待たせしました。私は――」


 彼女は話しながら久頭達を一瞥し、


「――そうですね。神の使い、とでも名乗っておきましょうか。」


 そう言って微笑んだ。

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