異世界ゾンビ飯 ~転生したらゾンビだらけの島に追放されたけど、食われんの嫌だし俺が逆に食ったるわ~

umekob.(梅野小吹)

序章 / 罪人、地獄へ赴く

第1話 海だ! 転生だ! 島流しだ!

 ──あ、そういや俺、転生したんだっけ。



 不気味な風が頬を掠め、濃霧のうむの向こうで僅かな月明かりが照らす海の上。


 波のつづみがざぷりざぷりと心地よく耳に届く中、俺は突として蘇った前世の記憶を思い返していた。


 ぐら、ぐら。

 波に揺られて足場が揺れる。


 暗い夜の水面に映し出されているのは、上半身にいくつもの赤黒いタトゥーを刻んだ半裸の己の姿。あちこちが無造作に跳ねて伸び放題の長い黒髪に、真っ赤な瞳。顔立ち以外は前世の自分とまるでかけ離れていたが、確かに俺は思い出していた。



 ……あー、そうだそうだ。


 俺、前世は日本人で、料理の職に就きたくて修行してたんだったわ。



 そこまで思い出し、俺はふむ、とあごに手を当てる。


 ただ、なんで死んだのかまでは思い出せない。

 しかし何らかの原因により死去した事だけは間違いなかった。


 それゆえ、こうして今の世界で生きる自分へと生まれ変われたのだから。



(うん、思い出したぞ。めっちゃ鮮明に思い出した)



 俺はこくこくと何度も頷き、顎に手を当てたままフッと口角を上げる。


 ……まあ、思い出すにしても、もっと丁度いいタイミングが他にあったんじゃねえのかとは思うわけだが。



「──おい!! 罪人イドリス、貴様! 勝手に手縄を解くなと何度言ったら分かるんだ!!」


「あ。すんまっせん」



 ──転生者、イドリス。


 前世は道半ばで息絶えた無名のシェフ見習い。

 現在は、“目が合って三秒で獲物を殺す”と名高い最強の暗殺者アサシンである。


 しかしご覧の通り、仕事でヘマをやらかした俺は神妙にお縄につき──現在、王都から追放されて島流しの真っ最中。



「……いやいや、ホントに何で今思い出してんだよ。俺の転生ライフ冒頭から最悪じゃん。何これ、何でいきなり島流し? ふざけんなや、チートでハーレムでモテモテスローライフのヌルゲー仕様なんじゃねえのかよ異世界転生って。騙しやがったなラノベ」


「おいコラァ!! 何をブツブツ言っているんだイドリス!! あと結び直したそばから手縄を解くな!!」


「あっ、すんません。つい癖で」



 監視官らしき男に怒鳴られ、無意識に解いてしまった縄を没収される。「貴様、ナメてるのか!?」と怒鳴る男に溜息を吐き、俺はポリポリと頬を掻いた。



「いやあ、わざとじゃないんすよ。なんか無意識に外しちゃって」


「……チッ、薄気味悪い男だ」


「そんな事より、これどこに向かってるんすか? 俺そろそろ船酔いしそう」



 無造作に伸びた黒い前髪を弄りながら問えば、監視官が短く嘲笑ちょうしょうする。



「余裕ぶっていられるのも今だけだぞ、イドリス。貴様が今から向かう島は、地獄よりも恐ろしい島だ」


「えー、可愛い女の子いる?」


「ああ、いるとも。同じように島流しにされた女囚人の屍が、至る所にゴロゴロ転がってるだろうよ」


「いやそういうんじゃなくてねえ……」



 はあ、と息をつき、またも頬を掻く。

 男は不機嫌そうに眉を顰め、「そもそも王都が王位継承の儀式で忙しい時だというのに、なぜ俺がわざわざ罪人を連れてあんな島に……」などとブツブツぼやいていた。


 するとそのボヤきを遮るように、突として大きな腹の音が響き渡る。



 ──ぐううぅ。



「あ、腹減った」


「……チッ。王都から追放されて島流しにされたってのに、呑気なものだな。気持ち悪い」


「なー、おっさん。何か持ってねーの? 食いもん」


「あるかそんな物! あったとて貴様にやるか! 俺は貴様の監視官で、貴様は落ちぶれた大罪人──」



 ──プツッ。



「──痛っ!?」


「んあ?」



 大声で俺に説教を垂れていた途中、男は突如顔を顰めると自身の腕を気にして視線を落とした。すると彼の腕には何かで切ったような傷が出来ており、そこから少量の赤い血が滲んでいる。



「……イドリス、貴様何をする! 報復か!? さてはどこかに武器を仕込んでいたな!?」


「は? 俺何もしてねーけど」


「嘘をつくな!! 罪人の分際で軍に逆らうとは、この不届き者め! 監視官に楯突いた罪で今すぐ死罪にしてや──」



 と、そう男が怒鳴った、刹那。


 突如ドンッ! と大きな衝撃を感じ、船体が大きく傾いた。「うわあっ!?」と声を上げてよろめいた男は揺れる船の上でバランスを崩し、やがて派手な水しぶきを上げて海へと落下する。


 俺はひょいと身を乗り出し、今しがた彼が落ちた水面を覗き込んだ。



「おいおい、いきなり海に飛び込んで何してんだよおっさん。大丈夫かー?」



 ぶくぶくと泡沫の浮かぶ水面に呼び掛け、男が浮き上がってくるのを待つ。


 しかし、待てど暮らせど、彼が浮上してくる気配はない。



「……アレ? おーい、おっさん?」


「……」


「……浮かんでこねえけど」



 カナヅチだったのか? と首を傾げたのち、仕方ねえなと肩を竦めた俺は息を大きく吸い込んだ。そのまま息を止め、一層前に身を乗り出して、波打つ水面に顔を突っ込む。



 ──ざぷん。



 暗い海の中で目を開け、周囲に視線を巡らせた。


 だが、どこにも男の姿はない。



(……んー? 居ねえなあ、海流に流されたか? いや、それにしてもこんな一瞬で消えるわけないけど)



 おかしいな、と眉を顰めつつ、ざぷりと水面から顔を上げる。


 ぷは、と息を吐いて酸素を吸い込み、海水のしたたる顔を正面に向けた直後──ふと、俺は濃霧の向こうの月の位置が先程と変わっている事に気が付いた。



「……あり?」



 眉根を寄せ、ついいぶかしむ。

 視界に捉えたのは、比較的早いスピードで移動していく、ぼんやり浮かぶ月の煌めき。


 いや、待て。こりゃおかしいな。


 そう考えてすぐさま揺れる船体から再び身を乗り出し、海の流れを凝視した。ざぷざぷと波立つ音の間隔は短くなり、風も強さを増して、やはり少し様子がおかしい。


 もしや、どこかに向かって船が押し流されているのではないか?


 と、ようやく気が付いた俺は、ぽんと軽く手を叩いて結論を出す。



「──あ。海流に流されてんの俺じゃん」



 ざぷり、ざぷり。


 不気味な波の音が囁く中、俺一人を乗せた頼りない小舟は、オールで漕いでいるわけでもないのに勝手にどんどん前へと進んでいく。


 霧の奥には、ぼんやりと見える孤島の影。俺はその場に立ち上がり、「おーい、おっさーーん! 先に行ってるぞーー!!」と叫んだ後、海に落ちた男を置いてきぼりにしたままぷかぷかと流されて行ったのであった。



 揺れる波の間からこちらをうかがう、何者かの視線にも気が付かぬまま──。




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