第3話 後悔
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「オイオイ、罰ゲームか?」
恐らくは俺が全裸であることを揶揄する声が上がる。声の主を見れば、なるほど、知らない顔だ。俺を襲撃した馬車にはいなかった。
俺の乱入で、仲間が扉で潰されたことに、あるいは愉しい時間を潰されたことに、突発的で単純な怒りを示し武器を手に取り、出入口に立つ俺をはっきりと視認した山賊どもの様子は、大きく二つに分かれた。
俺の襲撃に参加していなかったために俺が顔を知らない半分は、俺が全裸であることに虚を突かれた顔をして、それから嘲笑を浮かべた。
そして、俺の襲撃に参加した、俺が顔を知る残りの半分は、皆、蒼白し、震えた。確実に殺したと思っていた俺が生きてこの場に現れたのだ、冷静でいられないのも分からないではない。中でも特に顕著な反応を示したのは、俺を撃った男だ。
「やっ、やっぱりだ!」
男は俺を一度撃ったのと同じ拳銃の銃口を俺に向けたまま嘆くように喚く。
「だから言ったじゃねぇか!普通じゃねぇって!やめとこうって!」
「オイオイなんだいきなりどうしたよ、落ち着けって」
指先が白くなるほど拳銃を強く握り締め、ガクガクと震える男を、俺を嘲笑していたうちの一人が目を丸くして諫める。
「普通じゃねぇって、あの全裸マンがか?まあ確かに全裸差し引いても普通の見た目じゃねぇが」
「ああそうだ見た目からして普通じゃねぇ!けど!そんなことより!こ、殺したんだ!コイツは!俺が!確実に!」
「あん?もしかしてこの野郎が今日のカモだったってか?」
「ああそうだよ!なのになんでここにいる?!決まってる!生き返りやがったんだ!」
「似てる別人じゃなく?双子とか」
「違ェよ!人相が似てたところで間違うと思うか?!こんな顔中、体中、傷痕だらけの物騒な見た目の野郎が他にいるか?!見ろよ!両耳の上半分が削がれてんだぞ?!尖った耳なんてまるで御伽噺の悪魔そのものじゃねぇか!コイツだ!なぁ?!コイツだったよな?!」
喚く男は、嘲笑と蒼白で二極化した山賊どものうちの蒼白側に同意を求める。皆が皆、今にも死にそうな顔で喚く男の言葉に無言で頷く。それが燃料になったかのように喚く男はますます激しく喚き散らす。
「なんだよお前ら今更蒼い顔するくらいなら俺の言うこと聞いとけばよかったんだよ!言ったよな俺は?!撃った後!コイツの血を見て!やめとこうって!いくら金目のモンばっかでも手ェ付けねぇほうがいいって!血が黒いなんてどう考えても人間じゃねぇって!」
「ぶはっ、またそれかよ」
喚く男の激しさに気圧されて黙っていた嘲笑側のうちの一人が茶々を入れる。
「初めてでもあるまいにビビり過ぎなんだよお前は」
その一言で嘲笑側の連中が皆、俺へ向けていた嘲笑を今度は喚く男へと向ける。別の一人が笑いの滲む声で喚く男に助言めいた揶揄を飛ばす。
「いいか、学のねぇお前には難しいだろうが、血管には動脈と静脈ってのがあって、静脈を流れる血はどす黒いもんなんだよ」
「だからそういうんじゃねぇって!ド頭ぶち抜いたんだぞ?!普通は真っ赤なんだ!初めてじゃねぇんだ、よく知ってる!仮に俺がなんかの間違いでド頭ぶち抜いた気になってるだけで逸れてたんだとしてもコイツの血はそういう『どす黒い』ってんじゃねぇ!『黒い』んだよ!真っ黒なんだ!カラスの羽根みてぇに!」
喚く男が必死で言い募るほど、男に向けられる嘲笑は濃くなっていく。男が何一つ誇張していないことを知るだけに、その様は若干、哀れに思えてくるほどだ。誰か加勢してやればいいものを、ほかの蒼白している連中は疑問と恐怖と後悔を浮かべた絶望の表情で黙って俺を凝視するのみだ。
◇
後悔は無為だろうか。スカルツォも街から消えてしまうのか。かつてのラインハイトやブーホのように。
そうはならないことを、私は聖典を額に掲げ、縋るように祈る。真に私の父が神であり、私が人々に救いを与えるべくこの神殿へと遣わされたのなら、祈りは父に、神に、聞き届けられるはずだろう。
■
仲間半分からの嘲笑に耐えられなくなった男は喚くのを止め、分かった、と低く唸るように言うと、俺に向けていた拳銃をしっかりと両手でホールドし、俺の額を睨み付けた。
「百聞は一見にしかずだ。見ればお前らも納得する」
また俺の頭を撃ち抜いて、俺の血の色、俺の生き返り、引いては俺が悪魔であることの証明をしようというつもりらしい。短絡的な結論に内心で俺は独り落胆する。同情する余地がなくなった。
そうとなればもう、悠長に内輪揉めを聞いていてやる義理もない。頭を撃ち抜かれようが確かに俺は死なないが、一時的にせよ損傷はするし、それを修復するために多少の睡眠が必要になる。ここまででもうかなりの時間を無駄にしているのだ、これ以上は御免蒙りたい。
現状に見切りをつけて、俺は何も知らず不運にも俺の剣を己の武器にしようと手にしている馬鹿へ目を向ける。
「貫け」
俺の一言に応じて、馬鹿が手にした俺の剣は刹那、長剣の形をしていたその黒い刃をこの場にいる俺以外の人間の数にバラリと分かち、その針のようになった刀身それぞれを伸ばし、あるいは曲げて、俺を除く全員の眉間を正確に貫いた。
「痛みはないだろう。感謝しろ」
言ってはみるが、山賊どもは何が起こったのかも理解できなかったのだろう、呻くこともなくバタバタと全員がその場に倒れ、絶命する。
いつもどおり寸分違わぬ優秀な仕事ぶりだ。あの剣はどれほど杜撰な命令をしても、刃の切っ先を俺には決して向けない。まるで意志があるかのようだ。無機物の分際で忌々しい。
累々と転がる屍を踏み分けて、盗られた俺の衣類や荷物を一式取り戻す。俺の荷物以外にも持ち主不明の金品は山程あったが、路銀に困っているでもなし、興味はない。
そんなことよりようやく全裸を脱した安堵に一つ息を吐き、最後に俺は俺の剣へと歩み寄り、拾い上げる。その黒い刀身は何事もなかったように一本の長剣へと戻っている。
◇
翌朝、例の神学師が靴を持って私の自室を訪れてきた。
「これは」
間違いなく、スカルツォの靴だった。靴職人シュピゴラの手によって帆布で作られ、私が市場で暮らすスカルツォに施した、あの靴だ。汚れ一つないそれを、神学師は恭しく両手に載せて、跪き、仰々しく私に差し出す。
「今朝、神殿前に不審な布包みが据えられておりました。神子に害なす物であってはならぬと開けてみれば物乞いの孤児から神子へ『恵みの御心だけで満たされました。御靴は布に包んだまま指一本触れておりません。これは神子がお履きになるための神具でございます。神のものは神へお返しいたします。』との手紙が添えられてこの御靴が入っておりました」
つらつらと臆面もなく神学師は語るが、嘘だ。どこからが嘘なのか、何もかも嘘なのか、それは私には分からないが、少なくとも手紙は、絶対にスカルツォが書いた物ではない。スカルツォは文字を知らない。書くことはおろか読むことさえできない。
「ス──その子どもは、どうなりました」
「はて?どう、と申されましても私はただ神殿前で布包みを見つけただけにございますので、物乞いの孤児のことなど何一つ」
「では、手紙はどこにあるのです。その子どもが靴に添えた私宛の手紙があったのでしょう。見せてください」
「申し訳ございません神子よ、神聖なる物以外を神殿に持ち込むわけには参りませぬゆえ、礼拝所の神火へと焼べてしまいました」
「──そう、ですか」
「さあ、御靴をお履きください。礼拝の時間が近うございます」
「……はい」
分かっている。無駄なのだ。父への祈りなど、何一つ届かない。私は神の子などではないのではないか。
では何故、私はここにいるのか。何故、人は私に祈りに来るのか。何故、私は人を救いたいと願うのか。
答えの見えぬまま、今日も私は名を呼べぬ人々に束の間の救いを与えるべく、礼拝所へと向かう。
続く
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