第42話 霊トリック 1
南の包囲円に『黒に朱四ツ菱』の旗印、桜尋様の本隊がある。
陣太鼓は緩やかに打たれ、その都度兵は三歩ずつ後退している。
包囲は地形に合わせて敷かれ、近隣の住民は眠りの中、丁寧に保護されている。
雷静知客を始め鬼雀地頭ら霊達の人避けの結界も器用に展開されている。
桜尋様の元へ向かった途端、賊軍は闇の球体に飲み込まれてしまった。
危険な怪物。桜尋様がすぐに手を出さない理由を知る必要がある。
「おう、無事で何より、待っていた」
僕らの顔を見た桜尋様は普段通りの顔色で迎える。
何がなんだか解らない状況でも、桜尋様の顔を観ると安心感がある。
『この神が焦っていない内は大丈夫』そんな気がする。
「桜尋様、アレが何かご存知ですね」
業太は剣を鞘に収めない。
「ああ、気を付けろ。あれが魔王だ」
「魔王?」
「ああ、色んなのがいるけどな、さくやは魔王の素質があるんだ。見ての通りさ。賊軍の誰か…邪神の類から力を注入されて覚醒した。アレから、さくやを取り出す方法を考えてる」
「あの闇の繭は『さくやそのもの』という事ですか?」
「うん今、さくやは眠ってる。今膨れ上がっているのは異能の暴走というより、アレルギー反応と言う方が正しいかもしれない。無理矢理、神の力を注入して覚醒させたんだな…魔王の繭『
「
「見ての通りだよ、第二形態ってやつだ。今は繭だけど、時間が経てばあそこから『何か』が生まれる。その前にさくやを取り出さないといけない。今のところ能力は空間転移と時間を止めているな。朝が来ないだろう?範囲は不明だけど七夜河を中心に別の時間軸で俺らは存在している。多分…闇の繭は光があると光合成の逆で闇合成が出来なくなるから別時間軸を作って『朝を阻止』している闇照大神(やみてらすおおみかみ)ってとこだ」
「闇の繭を斬り開いてさくやを取りだすしか無いって事ですか?」
「いや、闇照大神は闇だけじゃ無い、色んな物を吸収したり、手当たり次第に転移させたりしている。だから物理的な方法じゃ無意味だ、気を引く事くらいは出来るがな」
「賊軍は吸収されたんですか?」
「いや…転移だ。上手く逃げられた。狙いは何か解らないが、さくやを覚醒させて桜尋軍(俺ら)に驚異を与えている。全て筋書き通りだったら完全にやられたな」
「さくやを起こす方法は無いんですか?」
「王子様のキスだ。って言いたいとこだけどそんなにロマンティックな話じゃない。騒音も吸収してるし、矢も炎も何処かに転移されている。切り裂く事が出来るのは光だけ。それは準備出来るが、今のままじゃ、さくやの安全を保証出来ない。さくやを引っぺがすのが先だ。居場所を特定する為にも、さくやの気が引ける物が要る。この前デートに行った時に何かさくやと買ったり贈られたりしてないか?それを闇の繭に放り込めば何か糸口になるかも知れない。何か持ってないか?」
プレゼントの交換はしてない。映画を見て食事をした。それだけだ手懸りが無い。
どうする?糸口が無い。代用案が無いか考えろ。最後まで諦めない。
「俺達がさくやを起こす。大丈夫だこれを闇の
英助達四人はいつの間にか僕の後にいた。
緑の記憶の宝珠?
誰の記憶だろう。
「コレは何?」
「お前とさくやの子供(がき)の頃の記憶だよ、誰から抜いたかは聞くな?」
「小学校の頃のアサガオの記憶?それアンタ返してなかったのかよ」
チイコは信じられないという顔をする…でもそれなら!
確信に満ちた顔はビー玉とダヴィにも伝播した。
「俺の黒歴史でもあるからつい…な」
走り出す英助に三人が続く。
「後で説明するから、俺達四人が保証するよ、これで絶対さくやは反応するってな」
桜尋軍は遠矢を放ち、英助達の進軍を助ける。
闇の繭からは闇の異形が生まれ、英助達に襲いかかる。
全ての攻撃に対して反撃を無力化も試みない。
距離を詰める。
それだけを目的とした特攻。
英助を前に進める為だけにチイコは多腕で妨害し、ビー玉は人魂で翻弄し、ダヴィは囮を務める。
ラグビーの試合でも観ているかの様だ。
一人を進ませる為に皆が自分の総力を上げて動いていた。
桜尋軍は長弓を仕舞い、闇の繭に向かい各々白刃を掲げ走る。
桜尋様は光の宝剣『
選別の剣。斬る物を取捨選択出来るその剣は桜尋様の弟君の形見である事は桜尋家中の誰もが知っている。
「お預かり!」
業太は走る、
英助を阻む闇の異形は業太により一掃された。
「行け!英助!」
チイコの多腕に抱え上げられた英助は緑の宝珠を闇の繭に突っ込む。
「うわっ気持ち悪いぃ、なんだこの中!」
「英助、早く離脱して」ダヴィはチイコの腕を駆け上がり。英助を引き剥がす。
「さくや!起きろ!」
「英助、逃げるよ!」
段とさくやの小学生の頃の記憶。
さくやが段を好きになったきっかけ。
倒れた鉢の記憶。アサガオの記憶。
今まで、静かに膨れ上がり続けた闇の繭は初めて波を打ち始めた。明らかな異常。
記憶の宝珠に効果があった。反応している。
「やったな!段」
「ああ、だけど何の記憶なんだ?」
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